ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

ある小説家の憂鬱な午後

 

一、

 

 出ない出ない出ない。

 自室のフローリングを芋虫のように転げまわっても、ヘビメタみたいにヘッドバンギングしても、上半身裸で窓から「あんどろぎゃのーす!!」と叫んでみても出てこない。おっと、俺は別に変なクスリをやってるわけではないぞ。その点は安心してほしい。

 

 それにしても出てこない、ホントここまで出てこなかったら、逆に清々しいわ。

 別に便秘のせいで一週間ウ○コが出ないとか、そんなオチじゃあないぞ。分かっているだろうけれど、一応言っておく。

 じゃ、何が出ないって? そんなの決まっているだろう、ネタだよネタ。ネタと言っても寿司のネタじゃあないよ、小説だよ。小説のアイディアが出てこないの。

 

 初めての人は初めましてだな。そうでない奴らにはこんにちはか? 俺の名前は風浦涼介<かぜうら・りょうすけ>だ。一応小説家をやっている。興味のある奴は、グーグル先生に俺の事を訊いてみればいい。まぁ聞いたことがあるような無いような、面白そうなようでいてしょうもなさそうな、まぁよくある言い方でいえば毒にも薬にもならないような、微妙な作品群が出てくるはずだ。

 ……誰だよホントに検索した奴は。え? ホントに微妙な作品ばっかりだって? 余計なお世話だっての。俺だってドラマ化したりアニメ化したりするような小説書いてみたいってぇの。

 ドラマやアニメになるような作品書いてみたいってことは、逆に言えば自分の作品が一度も映像化したことがないって事であり、だったらそんな作品を書けばいいじゃん、なんて事を素人さん達は簡単に仰るわけですが、そんな事はおいそれと出来ることではないってことはこの業界にちょっとでも関わったことのある人間なら、わかることでありまして。根本的な問題として作品のベースとなる事象、いわゆる一つのアイディアが俺にはないってことに帰結するわけでありまする。つまりどういう事かっていえば「アイディア出てこーい。空から降ってこーい」と叫びたくなってくるわけであります。

 ちなみに俺がさっきから悶絶しながら捻り出そうとしているのは、二か月後に発売される、オタ……大きなお友達向けの雑誌に掲載される短編用のネタである。あんたも大きなお友達じゃあないのかって? その通りだよチクショウ。小説家っていう職業を選んだ時点で、ある程度はオタク的素質はあることは分かってほしいもんだね。

 さて、閑話休題。ここで大きな問題がある。

 俺は小説家であって、編集者ではないので詳しいことはよく分からないのだが、一冊の本が本屋さんに並び、皆さんの手元に届くまでには、多くの工程が踏まれるのが通常である。企画の立ち上げから始まり、原稿の執筆、ページのレイアウト決め、印刷、運搬――等々。

 俺は門外漢なので簡潔に述べたが、本来ならば、そこには涙あり笑いありの様々なドラマがあり、実態を知ってしまった日にはもう編集者様に足を向けて寝れないような気持ちになること受け合いである。

 以上言ったことは、あくまで雑誌作成における全ての工程が順調に進んだ時の話である。もしもどこかのポイントで遅れが生じてしまった場合、例えば短編を書くはずの小説家が、締め切りを大幅にブッチしているときなどは事情が異なってくる。当然編集者は鬼の如く顔を真っ赤にして、矢のような催促を送ってくることになる。

 ここで大事な事は、俺こと風浦涼介は今まさに締め切りをブッチしている作家だという事だ。どれくらいブッチしているかって? 確か…………三日かな? 

 だってーアイディアが出てこないんだもーん。

 締切オーバー一日目から担当編集者から電話がジャンジャンかかってきた。が、その殆どを俺は無視した。出たのは最初の一回だけ。出てもしょうがないじゃん、どうせ「原稿まだ出来てません」としか言えないんだもん。固定電話はモジュラージャックから引き抜いた、メールもソフトごと削除した、ケータイ? そんなもの一番最初に窓から放り投げたわ。

 一社会人として、その行動はどうなのかって? うるせえな余計なお世話だ。怒られるよりマシだ。

 あーあ。しかし、アイディア出ねぇなー。出るときはホントにポンって出てくるんだけどなー。

 よし、こんな時は現実逃避…………ゲフンゲフン、気分転換だ。

 俺は仕事机の引き出しから一枚の茶色封筒を取り出し、中に入っているA4用紙を広げる。

 これは一か月くらい前に、たまたま編集部に行った際に担当が俺に渡してくれたモノだ。

「はい、風浦さん」

 そうやって俺に封筒を渡す担当(♂・二十五歳)。彼はKO大卒のイケメンだ。細身ですらっと背が高く、眼鏡をかけたその風貌からは知性と品性が醸し出され、いやが上にでも嫉妬心を掻き立てられる。俺はその醜い本心を隠して……この話はこれくらいにしておこう。

 彼が渡してくれたそれは…………ファンレターという奴だった。

 ファンレター、それは読者が作者にしたためた応援メッセージ。

 単純に面白かったですといったものから、便箋何十枚に渡るものまで様々らしい。らしいって言い方になったのは、俺はその日までファンレターというものを貰ったことがなかったからだ。全て先輩作家から伝え聞いたことである。

 イケメン編集から手渡されたそのファンレターであるが、実際はメールで送られてきたのものを、イケメン編集がわざわざプリントアウトして、保管しておいてくれたものである。何をやらしても如才ない男である。

 さて、その肝心のファンレターであるが、差出人はどうやら和歌山に住んでいる、中学二年の女子であるらしかった。

 俺のようなオッサンが書いたシロモノを、女子中学生という、俺からしたらエイリアンよりも複雑怪奇な生き物が読んでくれた上に、手間暇をかけてファンメールまで送ってくれたということが驚きだった。

 エイリアンなんて大袈裟な、なんて思われるかもしれないが、これは俺の偽らざる本音である。

 いや確かに俺にも中学生の時期はあったさ。厳密に言えば『女子』ではなく『男子』中学生だったのだけれど。

 でもそれは十年以上前の話だ。それくらい昔の事などもう殆ど覚えていないっていうのが実情だ。いやマジで。

 仲の良かった奴や面白い先生もいた筈なのだけれど、もう彼らの顔も声も碌に思い出せない。君は薄情者だななどと言われれば、俺は素直に頭を垂れるしかないのだけれど、これが現実だ。

 ヒトの細胞は大体五、六年で入れ替わると言われている。だったら中学生の頃の俺と、今の俺はもはや完全に別人と言うことができるのではないか? 

 だからそんな別人の俺と同じ思考回路、行動様式に則って行動する女子中学生なるモノは、もはや地球侵略にやってきた異星人よりも理解しがたい存在なのである。とはいうものの時代が違うし、そもそも根幹的な問題として、男子と女子とでは行動様式等が大いに異なるのだろうけれど。

 俺と彼女らとの共通点と言えるものは、もはや霊長類ヒト科ホモサピエンスであるということぐらいではないだろうか。

 まぁ『レター』などとは言っても、厳密に言えば電子メールで送って来てくれたのではあるが。しかしながら、女子中学生ということを考えてみれば、自分専用のパソコンを持っているということは考えづらいことから、おそらくは保護者のパソコンを借りてお便りを送って来てくれたのであろう。

 まぁそれはそうとして、俺にとっては人生初めてのファンレターだ。水茎の跡麗しき玉稿、存分に吟味させてもらうことにした。

 その内容は以下のようなものであった。一応個人情報保護の為、氏名は伏せてお見せすることにする。

 

 はじめまして! 風浦先生! 和歌山に住んでいる中学二年生○○です! 

 初めてのお便り失礼します! この度、先生の著作『二条院紗江子の事件簿~例えば彼女が河童になったら~』を読ませていただきました! 率直な感想を言わせてもらいますね! 凄く面白かったです! 特に最後のシーン、紗江子が真犯人に証拠のSDカードを突き付ける所は鳥肌立ちっぱなしでした! 後、大怪我を負った紗江子に隼人が告白するシーンも涙が出そうでした! あと、あと、う~ん一杯あり過ぎてわかんないや(o^-^o)

 とにかくとにかく、私は先生のゆる~くて、どこにでもありそうで、おちゃらけた独特の世界観が大大大大好きです! 何ていうか、この世界を生み出した先生ご自身が楽しんで書いていらっしゃるのが伝わってきます! 

 私は本を読むのが好きで、他にも□□先生や△△先生も好きですが、この独特の空気は風浦先生にしか出せないと思います。まさに風浦ワールド! これは一回ハマったらもう病み付きになっちゃいます! 

 今、世間ではパクリとか盗作とか話題になってますけど、先生もお体に気をつけてこれからもがんばってください! 応援してます! 

 

 

 ……やたらと!マークの多さに、流石は女子中学生だなと思わざるを得なかった。

 また中学生に限らず、女子といえばもっと沢山絵文字を使うイメージが俺の中にはあった。しかしこのメールには一切使われていない。いくらファンレターとはいえ、年長者にコンタクトをとろうとするときに絵文字を使うことに、抵抗を覚えたのかもしれない。

 ところでこのメールを貰った率直な感想であるが――感想文に感想とは変な感じだが――俺は非常に嬉しかった。いや、正確に言えば、凄く嬉しかった。もう天にも昇らん勢いだった。

 放っておけば編集部の窓からバンジージャンプしたかもしれない。それぐらい舞い上がっていた。

 見知らぬ他人から褒め言葉を貰うということが、こんなにもハッピーな気分にさせるということを始めて知った。厳密に言えば、思い出したのかもしれない。

 それくらい久しぶりの事だったのだ。人から褒められるということが。

 女子中学生に褒められて喜んでいるアラサー男の図、というのは客観的に見てどうかなと思うけれど、嬉しいものは嬉しい。それはこの世界を造った神様からといえども、どうこう言われる筋合いのものではないと思う。

 このファンレターを励みに、今後の創作活動に励んでいきたいと思う次第である。

 しかしながら……喫緊の問題として今現在、俺は締め切りをブッチしているわけであり、そんな俺が『今後の創作活動に励』むと言っても一ミクロンの説得力もない事は、いくら俺でも分かっている。

 とにかく仕事としても、人道の観点から見ても俺は今すぐにでもワープロソフトを立ち上げ、依頼されている短編の執筆に取り掛からねばならない。

 しかし、それをしたくても書くアイディアがないのだ。

 何なんだよ『江戸時代を舞台にした、女剣士の冒険活劇』って。俺は江戸時代に全く詳しくない。

 一応今回の仕事を受けるにあたって、色々文献を読んでみたけれど、どんどん深みにハマってしまって、身動きとれない状態になってしまったぞ。何て言ったらいいのかなぁ、ホットケーキを作っていて、味付けにフルーツ、ヨーグルト、ジュースを混ぜたら訳の分からないモノが出来上がった感じかなぁ。ちょっと違うか? 

 俺はデビューから今まで現代ミステリーしか書いたことがないんだ、しかも軽めのミステリー。そんな俺に時代モノ書けなんて無茶振り過ぎるだろKO卒のイケメン編集。

 いや、一応漠然としたイメージはあるんだよ? しかし、これをどうやってネタにして、お話に昇華していければいいのか全く考えが出てこない状態なんだよなー。

 イメージをアイディアにするためにこの三日間、七転八倒を繰り返してきたわけだけれども、いよいよ限界が来たかもしれない。こうやって締め切りをブッチしている内に、担当が俺のアパートまで来るだろう。俺のアパートにはオートロックなんてものはないから、容易に部屋まで来ることができる。下手したら原稿できるまで俺の部屋に泊まり込むとか言い出しかねん。

 あのイケメン編集、爽やかな顔してやることはえげつないからな。下手したら、編集部からムキムキのマッチョマンを二、三人ばかり連れてきて俺を拉致った挙句、『天然温泉』とか銘打ってるクセに堂々と入浴剤使ってるようなド田舎のインチキ温泉宿にカンヅメ……いや、監禁でもしかねない。

 こりゃイカン。ぼやぼやしている場合じゃあない。さっさと身柄をかわさないと。とりあえず駅前のネットカフェにでも……。

 と、俺がそう考えたときだった。

 ピンポーン

 と、部屋のインターホンが鳴った。

 ヤバイ! 編集か!? しまった遅かった! ムキムキマッチョマンズ。拉致。ド田舎のインチキ温泉宿。様々なネガティブなフレーズが頭をよぎった。

 落ち着け俺。編集だからといって、それがどうした(締切に遅れている分際でそれがどうしたとは随分な言い草ではあるが)。編集は俺の部屋のカギを持っていない。だから俺の部屋に刑事よろしく踏み込んでくることはできない。ここは冬眠中のリスの様に大人しくやり過ごすべきだ。そして暗くなってから行動を開始するのだ。

 ……とりあえず、外の様子を見ておこう。もし本当に編集だったらイヤだな……。迷惑をかけている相手の顔をこれから拝見するかもしれないと思うと、流石の俺も暗い気持ちになる。そんな気持ちを抑えて俺は玄関に近づき、ドアスコープから外を伺った。すると……。

 ドアの向こうにいたのはイケメン編集ではなかった。

 年の頃は二十歳くらいだろうか。黒いスーツに身を包んだ、OL風の女性だった。

 ピンポーン。またインターホンの音が鳴りひびく。今度はドアの直近で聞いたので、音が頭の上から直に降ってきた。

 ドアの向こうにいるこの子は一体何者だ? 何かのセールスか!? 宗教の勧誘か!? 

 編集部で見た顔ではない。よって俺の担当の同僚とかではない……と思う。

 この子が別の部署の人で、俺に顔が割れていないことを理由に、イケメン編集から頼まれた助っ人、という事も考えた。しかし、実際その可能性は低いように思えた。だったらこのドアを開けても差し支えあるまい。

 俺はサムターンに手をかけて、時計回りに回転させる。

 ガチャリという乾いた音と共に錠が外れる。

 俺はドアを少しだけ開けて首を伸ばす。そして一応外の様子を伺う。物陰にイケメン編集が隠れていたり、ということはなさそうだ。取りあえず胸を撫で下ろす。

 そしてドアの横に佇む女性に声をかける。

「誰?」

 わざとぶっきらぼうな口調にするのがポイントだ。もしセールスや宗教の類ならば、感じ悪く対応することで、お早めに退散願いたかったからだ。しかし、仕方がないとはいえ、可愛い女子に無愛想な態度をとるというのは若干……いや正直に言ってかなり心が痛む。

 そう、今俺の目の前にいる名称不明の女の子は、かなり可愛いのだ。

 全体的に細身、しかしながらしなやかで力強さすら伝わってくる肢体、俺を見据える眼差しからはこの子の強い意志が伝わってくる。

「ねぇ、お宅どちら様?」

 再度問いかける。この時もドアは四分の一程しか開けたままだ。もし物陰にイケメン編集&マッチョ軍団が隠れていたとしても、即座にドアを閉めて逃れるためだ。

 そんな俺のせせこましい考えを知らないであろう、目の前の女の子はこう言った。

 それは俺にとって仰天の一言でしか言い表せないことだった。

「小説家の風浦涼介先生ですね?」

「え? えぇ、そうですが……」

 え? 何で俺のこと知ってんのこの子? 何者? 俺のファン? ストーカー? 

「始めまして。私、こういう者でございます」

 ペコリと頭を下げながら、女の子は一枚の名刺を差し出した。そこには綺麗な楷書体でこう書いてあった。

『株式会社・ドリームトレーディング営業部 朝宮 夕』

「はぁ……」

 俺は困惑の意思の表れとして、そんな風に息をついた。つまり俺はこう言いたかったのだ「アンタ誰?」

 そんな心境を察してくれたのか、女の子は溌剌とした声でこう言った。

「私どもはクリエイターさん達のために、お互いのアイディアを交換するお手伝いをさせていただいております!」

 ………………。

 …………。

 ……。

 俺はただぽかんと口を開け、馬鹿みたいにその場に立ち尽くすのだった。

 

 

 

 二、

 

 漫画家、画家、ライター、イラストレーター、写真家、映画監督、脚本家、作詞家、作曲家、ミュージシャン、音楽家、デザイナー、スタイリスト、ファッションデザイナー、ネイリスト、インタリアコーディネーター、フラワーコーディネーター、ゲームクリエイター等々、世の中には様々なクリエイターの方々がいらっしゃいます。もちろん風浦さんのような作家さんもそうですね。

 私共ドリーム・トレーディングはそんなクリエイターの皆様のために、アイディア、いわゆるネタを提供することを目的としています。

 作家さんとは言っても、皆さん普通の人間です。私達と同じように、悩んだりしておられることと存じます。作家さんの一番の悩みと言えば、ズバリこれでしょう『アイディアが浮かばない』

 風浦さんも経験があるのではないでしょうか? アイディアが浮かばないと言って苦しんだ経験が。

 その一方でそんな悩みとは無縁の作家さん達もいらっしゃいます。アイディアが沢山浮かんできて仕方がないという方達です。

 私たちはアイディアが余っている方達からネタを譲り受け、アイディアに困っている方に提供するための会社です。え? ネタが余ってしょうがないなんて、そんな人いるのかって? ええ、いらっしゃいますよ。だから私たちのような仕事が成り立つわけでして。かの手塚治虫もインタビューでこう言っていたそうですよ? 「アイディアだけはバーゲンセールをしてもいいくらいあるんだよ」って。漫画の神様と呼ばれた人を引き合いに出さないでくれ? 俺はそんな天才とは違うんだって? 失礼しました。

 兎にも角にも、この広い世の中、アイディアが有り余って仕方がないという方もいらっしゃるわけです。羨ましいですか? でもそれはそれで辛いものらしいですよ? だってアイディアが余っていると言っても、それを発表する場は限られているのですから。

 まぁ紙媒体でなくてもネットで発表するという手もありますが、それでも限界はあります。どれだけ体力のある人でも、四六時中、不眠不休で小説を書き続けるなんて、どだい無理な話ですから。

 おっと話が逸れてしまいましたね、失礼しました。

 本日、私朝宮夕がお邪魔しましたのは、風浦先生に是非とも当社の製品をお試しいただきたく存じ上げたからでございます。

 製品とはもちろん、他の先生方からご提供いただき、当社スタッフが検討、磨き上げたアイディアの数々の事でございます。

 先生は大変運の良い方です。

 当社は只今キャンペーン期間中でございまして、初回につき、無料でお試しいただけます。また、本日より一週間以内の申し込みにつきまして、正規価格より二十パーセントオフでお買い上げ頂けます。この機会に是非とも当社をご利用くださいませ。

 私が申し上げるのもなんですが、わが社の製品のクオリティは質・量ともに業界最高を誇っております。私どもは、お客様からご提供いただいたアイディアを、そのまま右から左に流すようなことはいたしません。ご提供いただいたアイディアは、当社委託のフリー編集者、ライター、作家によって検討されます。そこであがってきた意見を反映し、さらに当社社内スタッフがアイディアを練り上げます。場合によってはアイディア同士を組み合わせたりといったことも行います。それから再度、外部のスタッフによって検討され、それをまた練り上げるといったように繰り返して行きます。

 そして熟成の極みに達したアイディアは、それからさらに外部の第三者によって検討されます。第三者といっても、編集長経験者、ベストセラー作家、といった超大物ぞろいでございます。そこでゴーサインを貰って、ようやくお客様に提供する、という過程を踏んでおります。

 いかがでしょうか? 業界屈指のクオリティを誇る当社の製品。是非ともご検討いただけないでしょうか?

 

 

 

 

 三、

 

 

 ドリーム・トレーディング? アイディア提供会社だって? しかも今回だけタダ?

 最初の内はこう思った。『はっ、胡散臭ぇー』 

 大体アイディアなんてモノは、俺たちプロの作家がアタマ捻くり回してようやく出すものなんだよ。それこそ紅茶のゴールデンドロップみたいにな。

 いくら元が同業の作家の考えたアイディアとはいえ、素人の手の入ったものが、創作の現場で通用するはずがないだろう? 読者ってものを舐めちゃいかんよキミ。全くこれだからアマチュアは困るんだよ。

 まぁ締切破ってる俺が言っても説得力ゼロだろうけどさ。

 しかし、しかしだ。詳しい話を聞いてみて、俺の考え方が変わっちまった。正に目から鱗だ。

 正直に言うぜ。

 実はかなりグラッと来ている。指で押されたらそのまま崩れちまうくらいにな。

「あのぅ、一つ聞いていいですか?」

 先程の無愛想さはどこへやら。授業中、全く自身のない問題を当てられた小学生のように手を上げる俺。

「はい、なんでもお聞きください」

「ジャンルって何でもいいんですか?」

「いいですよ。学園物、SF、ミステリー、ホラー、コメディ、ラブロマンスなんでもございます」

「時代劇モノってありますか?」

「ありますよぅ! 幕末から始まり、江戸時代、戦国時代、その他もろもろ幅広く揃えております!」

「その中で女剣士を主人公にしたお話しってありますか?」

「もちろん! 登場人物も、活発、勝気、寡黙、ツンデレヤンデレ等々様々なものからお選びいただけますよ!」

「はぇー、品ぞろえがいいんですねぇ」

「お客様の多様なニーズにお応えするためですから!」

 朝宮女史は快活に答える。

 ここまで来たら察してもらえるだろう。俺は締め切りの作品を書くために、朝宮さんの力を借りようとしている。自分の頭で考えたアイディアではなく、どこかの誰かが考えたアイディアを貰おうとしている。作家としてどうなのって? 何とでも言うがよいさ。俺は目的のためには手段は選ばないのだ。

「うふふ、風浦さんは大分心が動かされているようですね」

 と、ニコニコと笑う朝宮さん。

「よし、ではここで決定的なモノをお見せしましょう」

 すると朝宮さんはショルダーバッグをゴソゴソといじり始めた。

 一言断っておくが、今現在、俺と朝宮さんがいるのは俺のアパートの一室だ。丸テーブルを間に挟んで、俺と朝宮さんは向かい合っている。一室と言ってもワンルームなので部屋は一つしかないのだが。いくら俺でも、玄関口で女の子に長話させるほど気の利かない男ではない。

 しばらくすると、彼女は鞄からスマートホンを取り出して、何やら操作し始めた。朝宮さん個人のモノだろうか、ピンク色の手帳型カバーが付いている。

「ほら、これ見てください」

 と、彼女は身を乗り出してくる。顔が非常に近い。ピンク色の綺麗な頬をしている。シャンプーのいい匂いが俺の鼻孔をくすぐる。独身のアラサー非リア充には刺激がキツイぜ。

 朝宮さんに気取られないように、フローラルな香りをクンクン嗅いでいた俺は、彼女の差し出したスマホ画面に目を落として――――「ぎゃッ!」

 思わず締められた雌鶏のような声を出してしまった。

 俺は朝宮さんの手から半ば、ひったくるようにスマホを受け取り、画面に食い入った。

 それには朝宮さんと、二十代半ばくらいの男性とのツーショット画像が映し出されている。周りの調度品などから察するに、どこかのパーティー会場らしかった。横の立て看板に『文学賞受賞式』の文字が躍っている。

 が、俺が声を上げたのは、男の方に原因がある。

「こ……この人はもしかして『グッドモーニングを君と』の陣野昼先生!」

「そうですよ」

 俺が出した安物のインスタントコーヒーをすすりながら、あっけらかんと答える。

「こ……こっちは『魔人帰還す』の西部京子先生!」

「正解。流石によくご存じですね」

 ご存じで当然だ、俺がどれだけこいつらに怨嗟の念を送っていたと思っている。俺に断わりもなく、勝手にドラマ化だのアニメ化だのしやがって、しかもどれもこれもが大ヒットだって? 雑誌・テレビの取材が引っ切り無しに来てるそうじゃねぇか。

 しかもメディアミックスのおかげで昔出した本まで売れてるそうじゃねえか、それで印税ガッポガッポだろ? 羨ま……ムカつく奴らだ。

 俺はスマホの画面を次々とスライドしていく。その他にも出るわ出るわ、近年のベストセラー作家との写真が目白押しだった。

『未来の芥川賞作家』『彗星のように現れた天才小説家』

 彼らに付けられたキャッチコピーを思い出す。やたら面白い小説を書くなーと思っていたら、奴ら、ドリーム・トレーディングなんて会社と手を組んでやがったのか。

「全て当社のクライアントです」

 得意満面に言う朝宮さん。どうウチの実績は? これで納得してもらえたかしら、とでも言わんばかりだ。

 凄い……これが俺の正直な感想だ。

 今まで俺は作家たるものは、アイディアというものは自分で捻り出すものだとばかり考えていた。いや、今でもその考え方は変わらない。しかし、もはや時代が違うのかもしれない。

 例えば漫画などでもそうだ。一本の漫画でも、ストーリーと作画が分かれているというのは、よくあることだ。

 俺が専門としている小説でもそうだ。時代劇や軍事物など複雑な考証が必要となるものについては、監修が入ることは当然のように行われている。

 ……時代が変わってしまったのだ。今のエンターテイメントは、より複雑化した。設定にはより緻密さが要求されるようになった。現在、小説を一人で書くというのはほぼ不可能ではないのか。以前、俺はふとそう考えて、暗澹たる気持ちになったことがある。

 しかし現在、俺の目の前には救いの手が差し伸べられている。

 ……これを今回はタダで俺にくれるというのか? 

「はい、その通りです」

 首肯する朝宮さん。

 俺はさっきまで、短編のネタに事欠く作家だった。しかし、ドリーム・トレーディングの力を借りればもうそれどころじゃあない。ベストセラーなんて当たり前。直木賞だって夢じゃあない。そうなったらメディアミックスされまくり。過去の作品も重版されまくりで印税ガッポガポだ。 

「お気に召していただけましたか? 風浦先生?」

 すまし顔でニコリと笑う朝宮女史。お気に召したどころじゃあない。今すぐ契約したい気分だ。

 俺はその旨を伝える。

「そうですか! ありがとうございます! では早速契約書の方をご用意いたします!」

 ヒマワリが咲いたように歓喜の声を上げる朝宮さん。それからバッグの中をガサゴソやり始める。

 そうだ、俺は今からベストセラー作家への道を登り始めるんだ。

 ドラマ化、アニメ化、映画化……そうなりゃあ印税、原作使用料、その他諸々でウッハウハだ。

 そうなりゃあこんなオンボロアパートともオサラバだ。

 金に女に車に……俺が頭の中でソロバンをはじいていたその時だった。俺の視界にあるモノが目に入った。

 ニトリで買った、俺愛用の仕事机。その片隅に一枚の封筒がぽつんと置かれていた。

 あ……。

 そう、あの和歌山の某女子中学生が送って来てくれたファンレター入りの封筒である。朝宮さんが、カバンの中を探しているのを横で見ながら、俺はその文面を思い出す。

 

 ――私は先生のゆる~くて、どこにでもありそうで、おちゃらけた独特の世界観が大好きです。(略)この独特の空気は先生にしか出せないと思います――

 独特の世界観が大好きです。

 独特の世界観が大好きです。

 独特の世界観が大好きです。

 独特の世界観……俺にしか出せない……オリジナル……。

 俺はボソリとそう呟いた。

「はい?」

 朝宮さんは不思議そうにこちらを見やる。

 ここでドリーム・トレーディングの力を借りるというのは、作家としてどうなのだろうか? いや、締切を三日ブッチしている俺が言えないことかもしれないけれど。

 たしかに彼らの力を借りれば、今の短編のことは解決するだろう。

 しかし、それは俺の考えたアイディアじゃあない。どこぞの知らない誰かが考えたネタだ。

 そんなの俺のオリジナルじゃあない。独自で考えたものじゃあない。某女子中学生が好きと言ってくれた俺のオリジナル作品じゃあない。

 あり余るアイディアを、そうでない人たちに分け与える? ああ、いいじゃあないか。こうしている今、日本のどこかでアイディアが出ないとのた打ち回っている作家がいるんだ。現にさっきまでの俺がそうだったしな。

 そういう人たちにとっては救いになるだろう。

 世の中は需要と供給、欲しがる人がいるから与える人がいるんだ。

 ドリーム・トレーディング。アイディア提供会社。確かにいい会社だよな。本当に顧客のニーズってやつが分かってる。製品もよく手間暇かけて作られてる。社長がどんな奴かは知らないが、よっぽどの馬鹿か物好きだろうな。

 ひょっとしたら、昔作家を目指したけれど、挫折したのかもしれないな。そんな事考えてたら、ますますいい会社だなと思えるようになって来たぜ。

 今ここでドリーム・トレーディングの手を借りるっていうのも選択肢としてはアリかもしれない。

 でもな、それは俺のオリジナルじゃあないんだよな。そう、和歌山の某女子中学生の好きな俺の作品じゃあない。

 これから現れるかもしれない、俺に第二第三のファンレターを送ってくれる超スーパー物好きな、未だ見ぬ俺の隠れたファンたちの好きな俺の作品じゃあない。

 そして、締切三日ブッチしようとも、朝宮さんの甘い言葉に揺れながらも、作家としての最後のプライドにしがみつこうとしている俺の……作品じゃあない。

「なぁ、朝宮さん」

「何でしょう?」

「一個お願いがあるんだけど聞いてくれるか?」

「はい?」

 朝宮さんは、まるで道に迷ったペルシャ猫のように小首を傾げた。

 

 

 

 四、

 

『ちょっと先生、ホントに頼みますよー。今まで何やってたんですかー』

 電話の向こうのイケメン担当は、やはりというか当然というか、相当ご立腹だった。当然だろう、締切を三日もブッチして、今の今まで何の連絡もしなかったんだから。

「いや、ほんとすいません」

 電話口で低身低頭謝る。まぁ電話なのでこちらがどれだけ土下座しようとも、相手から見えるわけがないのであるが。そこは誠意である。誠意なんていう言葉をお前が使うなと言われそうだけれど。

『じゃあ頼みましたよ! 明後日までに短編二十枚! それ以上は待てませんよ!』

 そういい渡すと担当はガチャリと電話を切った。ツーツーという音だけが空しく俺の耳に伝わる。

 明後日までに短編二十枚。しかも俺の全くの専門外の時代劇。二日連続徹夜が決まった瞬間だった。

 暗澹たる気持ちで溜息をつく俺。おっと忘れないうちに返しておかないと。

「どうも有難うございました」

 俺は両手持ちにしたスマホを、恭しく朝宮さんに返す。

「どういたしまして」

 さっき言ったように、俺のケータイは三日前に窓の外に放り投げたまま行方不明だ。だから編集部に電話するのに仕方なく朝宮さんのスマホを借りるしかなかったのだ。

 しかし、手帳に編集部の番号を控えておいてよかったぜ。

 でも朝宮さんには悪い事をした。折角家まで来てもらって、長々と商品プレゼンさせておいて「やっぱりいいです」

 その挙句にスマホ貸してくださいなんて、我ながら図々しいにも程がある。

 朝宮さんにも思うところはあるだろうけれど、そこはおくびにも出さない所は流石だ。見かけは高校生っぽいけれど、やはりそこはそれなりの場数を踏んできているのだろうか。

「でも」

 俺から受け取ったスマホをカバンにしまいながら言う。

「一体どういった心変わりなんですか? あんなに乗り気だったのに、急にやっぱりいいですなんて」

 やはり突っ込んできたか。そこは当然と言えば当然に気になるよなぁ。

 でも理由なんて特にないんだよなぁ。でも朝宮さんとドリーム・トレーディングの名誉のために言っておくけれど、俺は本気でアイディアを貰おうと思ってたんだぜ? それは百パーセント間違いないと言い切れる。それくらい魅力的な申し出だったんだ。

 でも最後の最後で俺の中の何かが引っ掛かったんだ。これは俺のオリジナルじゃあないって。それを失ったら俺は作家じゃあなくなるってな。いやだからと言って、ドリーム・トレーディングからアイディアを貰った他の作家を非難するわけじゃあないよ。そんな資格、俺にあるはずもない。でも瞬間的にあの時思ったんだよね。俺のアイデンティティを守るべきだって、俺の存在意義が懸っているって。

 まぁ勘違いかもしれないし、俺の勝手な思い上がりかもしれない。十何年後には布団に頭突っ込んで足バタバタさせながら「あーあの時、俺は何て恥ずかしい事言っちまったんだー」なんてやっているかもしれない。まぁそんな先の話、誰も分からないけどな。もしかしたら、俺だって作家やめてるかもしれないし。

 そんな事を朝宮さんに伝える。

「ふーん、そんなものですか。よく分かりません」

 返ってきた返事は何ともあっさりしたものだった。

 でも、とつぶやいた後、朝宮さんは続ける。

「そういうのも、格好いいと思いますよ、私」

 ニカッといたずらっぽく笑う。それにはどこか少年のようなあどけなさが残っていた。

「では、私はそろそろ失礼することにします」

 立ち上がる朝宮さん。

 見送ります、と言ったものの手でそれを制されてしまった。

「風浦さんには書かねばならない原稿があるのでしょう? だったらそれを優先させなさい。私の見送りなんてこと、してる場合じゃあないです」

 はい、そのとおりでございます。

「全く、ウチのアイディアを断るなんていい度胸してますね」

「え」

「折角ベストセラー作家への近道を教えてあげたのに、いらないなんて、ホント変わってますね。まぁ作家さんなんて皆変わった人たちばかりですが」

 ショルダーバッグを抱えながら、ふふっと笑う。

「でも、あれだけの大見得を切ってくれたんです。絶対に名作を書いてくださいね。取りあえず、二日後の締め切りですか? これまで死に物狂いで書き上げること、これが風浦さんに課せられた最初の使命です」

 目を細めて俺を覗き込む。

「わ……分かってます」

 思わず目を逸らしてしまう。この歳になってまで若い女性にじっと見られるようなことがあるとは思わなかった。

「発売は二か月後でしたね? 私、忘れずに買いますからね? そこで見た作品が明らかに駄作だったら……」

 僕はごくりと唾を飲み込む。

「もう一回来ますから」

 ニコリと笑ってペコリとお辞儀する。そして彼女は身を翻し、玄関にむけて歩いて行く。

 ドアを閉める前に、もう一度僕の方を見て手を振る。まるで僕に頑張れと激を飛ばすかのように。

 カチャリという乾いた音の後に、カツカツと言う音が遠ざかっていく。

 彼女が出て行った部屋には、静寂と彼女のシャンプーの残り香が漂っていた。

 有難う朝宮さん。俺にはこれしか言えなかった。今日、君が来てくれたからこそ、俺は大事な事に気づけたのかもしれない。

  締め切りをブッチしている俺が、最後にすがりつくもの。

  それはプライドか、それともアイデンティティと呼ばれるものだったのだろうか。

 それを上手く言語化することは俺にはできないのだけれど。だからこそ俺は三流作家なんだろうなハハッ。

 とりあえず俺の今すべきことは一つだ。

 俺は振り返る。そして壁際に佇む仕事机に腰掛けると、ワープロソフトを立ち上げた。

 そして画面に並ぶ行の最初にタイトルを打ち込むと一人ごちた。

 さぁ、これから二日間、完徹だ!