ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

うお座流星群の夜

「美味しい!!」

 網の上のタン塩を口に運ぶとミチルは感嘆の声を上げた。

「やっぱり焼肉って最高~ 特に他人の奢りで食べるタン塩は」

 そう言って意地悪そうに俺のほうをちらりと見る。

 

「……じっくり味わって食べろよ」

 そう返すのが精一杯だった。

 ミチルはクッパを頬張りながら、俺に声を懸ける。行儀悪ぃなぁ。

「そのカルビ焦げちゃうよ。あっ こっからここまで私の領地ね」

「分かってるよ。うるせぇな」

 本日九月五日、俺、大沢アキオと幼馴染の橋本ミチルは今、国道沿いの焼肉屋『しらとり』に来ている。

 俺は別にコイツと付き合ってるわけではない。

 なのに何でこんなところに来ているのかというと、それは始業式を三日後に控えた八月二十一日の事だった。

 高校一年の夏休みの殆どを遊びに費やした俺。

 当然夏休みの宿題はほぼ真っ白。

 困り果てた俺は同じ学校に通っている幼馴染のミチルに泣きついた。

「宿題写させてください!!」

 正直、断られるかな~と思ってたところ、意外にもあっさり

「いいわよ」との返事。

 やった――!! あぁ有難う神様仏様ミチル様。このご恩は一生……。

 と思った矢先だった。

「その代わりと言っちゃ何だけどさぁ?」

 ミチルはニヤリと笑った。

 

 宿題を見せる代わりにミチルが要求してきたことは、焼肉を奢る事。

 まぁ本当なら八月中に来たかったのだが、新学期始まってすぐは実力テストだの何だので忙しかった上に月末で金欠だったこともあって今日、九月五日までずれ込んだのだった。

「すいませーん、ハラミ追加お願いしまーす」

 ミチルがそう言うと厨房から、おかみさんらしい初老の女性が出てきて「はーい」と返事をする。そしてパタパタと厨房へまた引っ込んでいく。

 ここ『しらとり』は夫婦二人で切り盛りしている店だ。カウンター席とテーブル席、奥には座敷があるが、まぁお世辞にも大きな店とは言えない。しかし掃除は隅々まで行き届いており、テーブルはピカピカで床には塵一つ落ちていない。大手チェーンにはない、慎ましさがこの店にはあった。

「へい、ハラミお待ち」

 店主らしい白髪のオヤジさんが追加注文を持ってきてくれた。

「あっ すいません、ユッケとクッパのおかわりお願いします」ミチルが言う。

「じゃあ僕もご飯のおかわり。後お水もらえますか?」俺も負けじと追加注文をする。

『しらとり』は個人経営の店にしては珍しく、食べ放題メニューを用意している。

 しかも男性、千九百八十円、女性、千四百八十円と非常にリーズナブル、俺のような金のない学生に非常に優しい値段設定になっているのだ。

「ねぇねぇ、次トントロ頼むんだけど、味噌ダレか塩ダレどっちが美味しいと思う?」

「あー俺はどっちかってーと味噌のほうがって、お前食いすぎだろ!?」

「駄目?」

「いや食べ放題だし別にいいんだけどよ、お前太るぞ?」

「へっへーん、私どんだけ食べても太んないんだよーだ」

 ……クラスの女共に聞かれたらぶん殴られんぞ、お前。

 しっかし、この女、小学生のときはハリガネみたいな体してたくせに、知らない内に随分と(肉体的に)成長しやがったもんだ。

 薄かった尻も随分と肉付きがよくなって、まな板みたいだった胸も見事に二つの果実がたわわに実ってやがる。ほら、今も上半身の動きに合わせて、たゆんたゆんとって何言ってんだよ俺。

「ねぇねぇ、この前の実力テストどうだった?」

「へっ?」

 唐突に聞かれたので面食らってしまった。

「いや……まぁ……その……」

 俺は夏休みの一ヶ月を遊び呆けて過ごした。宿題もミチルのを写しただけ。そんな俺のテストの成績はというと……まぁ言わずもがなというやつだ。察してくれい。

「ねぇねぇ、どうだったのよぅ」

 ミチルはニヤニヤしながら聞いてくる。

 やばい。何とかして話題を変えないと。

 困った俺は店中を見回した。そしてカウンターの上に一台のテレビを見つけた。

「おい、野球やってんぞ」

「ちょっと、誤魔化すんじゃないわよ」

阪神の試合だぜ」

「え!? まじで!?」

 そう言うとミチルはテレビを食い入るように見始めた。こやつは昔から大のタイガースファンだ。

『横浜対阪神、三回の裏終わってタイガースが五点のリード……』

 アナウンサーの声が響く。

 確かミチルの家は親子三代で阪神ファンだ。そういえばガキの頃、こいつの爺ちゃんに甲子園連れてってもらったなぁ。

「野球って言えばさ、今日、陽ちゃん来れなくて残念だったね」

「えっ……あ……ああ、そうだな」

 俺はばつが悪そうに答える。

「し、仕方ねぇよ、三年が引退したばっかだし、あいつ副キャプテンだろ? 色々忙しいんだろ」

「凄いよね、副キャプテンって一年生からは一人しかなれないんでしょ?」

「ああ……そうだな、すげぇよな……」

 陽ちゃんこと相川陽介は俺とミチルの幼馴染だ。

 いや、俺にとっての陽介はそんな生易しいもんじゃない。兄弟同然であり、ライバルであり……かけがえのない親友だ。

 怪我で野球をやめた俺に以前と変わらず接してくれた。

「……」

「……」

 沈黙。

 気まずい。

「あ、ああ、そうだ。阪神の先発だれ?」

 先にミチルが沈黙を破った。

「あーえーっと」

 そう言って俺がテレビに目をやったときだった。

「アカン!! 横浜負けとるがなーー」

 ベイ党らしい店のオヤジの胴間声が響いた。

 そう言うとオヤジはリモコンを手に取り、適当にザッピングし始めた。しかし、夕方の六時半ということもあり、どこのチャンネルもニュースぐらいしかやっていない。

『またもや謎の家畜失踪事件です。 本日未明から明け方にかけ、兵庫県明石市のA牧場から飼育されていた神戸牛二百頭余りが忽然と姿を消しました……』

「ねぇ聞いた? また家畜の失踪事件だって」

 ミチルが真剣な表情で覗き込んできた。

「今月に入ってこれで五件目だろ? 不思議だよな、一晩で百頭以上の家畜がいなくなったんだろ?」

「アツコとミヤビは大規模な窃盗団だって言ってたよ」

「俺は宇宙人の仕業だと思うね」

「宇宙人が牛や馬を盗んでどうすんのよ」

「アレだよ、キャトルミューティーレーションってヤツさ。地球の生態系を調べて侵略計画を立ててるのさ」

「もしそうだとしたら随分と罪作りな宇宙人どもね。よりによって、あたしの大好物の牛をさらっていくなんて」

 ミチルらしい答えだ。

 俺とミチルがそんなやりとりをしてる間にニュースキャスターはすでに話題を変えていた。

『今夜は四十七年ぶりのうお座流星群の夜です。ここ東京お台場ではこの半世紀ぶりの天体ショーを見ようと多くの……』

「どこも一緒のニュースばっかり、やっとんなー」

 オヤジは適当にチャンネルを回した後で、やっぱり元の野球中継に戻した。

 俺が野球をチラチラ見ながら網の上の肉をつついていると、おかみさんが追加メニューを持ってきてくれた。

「はい。ユッケとクッパお待ちどおさま。こっちは特上レバ刺しね、レバ刺しこれで今日は最後だから」

 ミチルが俺の手元の追加注文を興味深そうに見る。

「ねぇねぇ、何それ?」

「あん? 特上レバ刺し。この店の取っておき。極上のレバーをこの店秘伝のタレに漬けて喰うんだってよ」

「ふーん、美味しそうだね」

 ミチルの目が不気味な光を放つ。

 俺の背中にゾクリと悪寒が走る。

「おい! これはやんねぇぞ! これは一日限定二十食で……」

「食べ放題なんだしまた頼めばいいじゃん」

「いやだからさっき聞いたろ!? これが最後の一食だって……」

「この前、英語の宿題見せてあげたよね?」

 ぎくっ。

「その前は古典の宿題も見せてあげたっけな~」

 ぎくぎくっ。

「さらにその前は数学の宿題も見せてあげたし、おっと物理の教科書忘れたとき、貸してあげたよね? さらに付け加えればオメガの倒し方教えてあげたのは……」

「あ……いや……それはその……」

 しどろもどろになる俺。

「えいっ!!」

「ああっ!!」

 電光石火。皿の上にあったレバー六切れのうち、二切れが一瞬のうちにミチルの箸に攫われた。

「おい!! 何しやがんだ!! 返せよ!!」

「ダーメ、ほら、そんなにボンヤリしてると……」

 またもやミチルの凶暴な箸が一閃される。今度は三切れ同時にもって行きやがった。

「おい待てよ!! 俺は今日それを食うために……」

 俺は抗議の声を上げたが時すでに遅し。五切れの生肉はミチルの胃袋に収まった後だった。

「うぅ~俺の壷漬けレバーがぁ~」

 俺はなんとも情けない声をあげた。

 

 

 

『しらとり』を出た俺とミチルは閑静な住宅街を歩いていた。

「ねぇ~。まだ怒ってんの~? ゴメンってば~」

 先をスタスタと歩く俺の後ろからミチルが声をかける。

『まだ怒ってんの』って、あたりめぇだろ。俺があの特上レバ刺しどんだけ楽しみにしてたと思ってやがんだ。それを横から五切れもバクバク喰いやがって。そんなにレバーが好きなら自分がレバーになりゃいいんだ。

「そんなに怒んないでよ~ねぇってば~」

「うるせぇよ」

 俺は冷たく言い放った。

「……」

 後ろの足音がしなくなった。ちらりと横目で見る。暗くてよく見えないがどうやら下を向いているようだ。

 ――もしかして泣いてるのか? ちょっと冷たくしすぎたかな――

「おい ミチル」

 そう言って駆け寄ると。

「はい」

 ミチルは俺の口に小さなオレンジ色の物体を放り込んだ。

 甘くて酸っぱい味が口に広がる。

「へへ~美味しい?」

「これって確か……」

 俺は自分の頼りない記憶力を総動員する。

「はちみつレモン飴じゃん!!」

「あったりぃ~」

 ミチルはニコニコ笑いながら答える。

 ――はちみつレモン飴――俺が小学生のときに好きだったお菓子だ。確か遠足のときにお袋に買ってもらったのがきっかけでハマッて、それからいつも食べてて。よくミチルや陽ちゃんにもあげたっけ。でも売れ行き悪くなって今じゃあんまり売ってない筈。

「お前これどこで買ってきたんだよ? っていうか、よく見つけたな?」

「隣町のスーパー」

 ミチルはあっけらかんと答える。

「アキオに懐かしいもの食べさせてあげようと思ってね?」

「お前そんな遠くまで……」

「あ~、たまたま隣町に用事があってね? ついでよ、ついで。ほら、行こ?」

 そう言うとミチルは俺を先導するように歩き出す。

 その鼻歌交じりに歩く後姿に俺は胸がキュッと痛くなった、俺はやっぱりミチルのことが……。

 ――アキオ、俺ミチルのことが好きだ――

 俺はブルブルと頭を振った。

 それを認めてしまうともう後には戻れない……。

 くそっ

「ねぇねぇ、あれ見て」

 ミチルが指差す方を見る。

 そこには大き目の児童公園。

「ねぇアキオ、昔ここの公園で遊んだの覚えてる?」

「ああ、覚えてるぜ、お前確かあそこのジャングルジムから落ちて頭五針縫ったろ?」

「そーそー、あん時は痛かったー」

「後、野球やってて俺が特大ホームランかまして安田の爺さん家の窓ガラス割ったよな」

「そーそー、顔真っ赤にして怒ってたよね」

「そういえばこの前、駅前の本屋で安田の爺さん見たぜ。あの爺さん俺らが子供のときには結構な歳だったよな? でも昔とぜんぜん変わってねーの。俺思うんだけどあの爺さん絶対サイボーグだぜ」

「アハハ」

 ミチルが可笑しそうに笑う。

 何の変哲もない、とりとめのない会話。

 だけど俺にとってはかけがえのないひと時。

 そういつまでも続いてほしい。いや、続くはずだ。俺が余計なことを言わない限り……。

「ねぇ、アキオ」

 前を行くミチルが唐突に言った。

「ん?」

 一瞬の沈黙の後ミチルは言った。

「昨日、陽ちゃんに告白されたの」

「えっ」

 俺はきわめて平静を装った、それが成功したかどうかは定かではないが。

「ずっと好きだったんだって、私のこと」

「……そうか」

 俺はなるべくそっけなくなるように答えた。

「ねぇ、私いいかな?」

「いいかなって、何がだよ」

「陽ちゃんの彼女になって」

 嫌だ、そんなの。

「何でそんな事、俺に聞くんだよ」

「えっ」

 ミチルが意外そうな顔をして言った。

「誰と付き合うか付き合わないかなんて、人に聞いてどうこうするもんじゃねえだろ」

「それはそうだけど……」

「お前が陽ちゃんと付き合おうが誰と付き合おうが、俺には関係ねぇよ」

 嘘だ。ミチルが自分以外の誰かのものになるなんて考えられない。

「そ……そんな言い方しなくても……!!」

 相当カチンときたらしいミチルが噛み付いて来る。しかし俺はそれを遮って言う。

「へっ、陽ちゃんからコクられたんだろ? いいじゃねぇか付き合えば。男の俺から見てもイケメンだし、おまけに優しいし、ああ、あいつ頭も良かったよな?」

 自分がとんでもないことを言っているのは分かっていた。しかし止まらなかった。

「お前もそんな奴と付き合ってるってなったら鼻が高いだろ?」

 ここまで言ったときだった。

「そう……分かったわよ……」

 ミチルがトボトボと俺の前を歩き出す。その背中はさっきよりも小さくなっているように見えた。

 ……俺は今取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか? 

 胸に渦巻く後悔の念。

――おい、ミチル――俺は心の中で呼びかけた。しかし現実に口に出すことはできなかった。

 

 俺の横を小学六年生くらいの男の子がタッタッと駆けていった。その腕の中には白い大きな筒のようなものが抱えられている。

 よく見ると天体望遠鏡だ。

「待ってよ~お兄ちゃ~ん」その後ろを小さな女の子がトタトタとついて行く。

 こんな時間に天体望遠鏡なんてどうするんだ? そう思って何気なくあたりを見回した。

 すると近くのマンションのベランダで熱心に望遠鏡を覗き込んでいる少年の姿が見えた。

 同じような光景は向かいのマンションでも見ることができた。

 そうか、さっきニュースで言っていた。そうか、今日はうお座流星群の夜だ。

 そう思って、俺は夜空を見上げた。

 そこに一筋の流れ星。

――流れ星が見えなくなる前に願い事を三回唱えると願い事がかなう――そんな言い伝えを思い出した。

 空を見上げながら、俺は無意識に心の中で願い事を三回繰り返した。

 俺はどうすれば良かったんだ? 神様でも何でも、誰でもいいから教えてほしい。

 またもや流れ星が一筋。

 星よ止まれ。

 俺は心の中で呟いた。

 そのときだった。

 北の空をすべるように流れてゆく流れ星が尾を引いたまま中空で静止した。

「え……」

 俺は二度三度と目をパチパチさせ、再度北の空を見る。

 そこには先程と同じように空に静止した流れ星が。

 どうして……何で?

 俺は目を点にしながら件の星を見ていた。

 すると不思議な錯覚を覚えた。

 あの星、さっきより大きくなってないか?

 錯覚じゃない。

 ケシ粒のようだった星が米粒程の大きさに、そして今は豆粒ぐらいに――段々大きくなっていく――

 それはおそらく……いや確実に……こっちに近づいている……。

「お、おい」

 俺は空を見上げたままミチルの肩を叩いた。

 するとその手が唐突に振り払われた。

「なによ!! 気安く触んないでよ!!」

 凄い剣幕で俺を怒鳴る。しかし、北の空から迫る異常事態に気づいてはいないようだ。

「この鈍感オトコ!! よく聞きなさいよ!? 私はねぇ、ずっとアンタの事が……」

 そこまで言ったミチルの頭を俺は右手で掴み、無理やり上を向かせた。

 そこにはすでにサッカーボール大にまで大きくなった流れ星が。

「何よ……これ……」

 ミチルの目が驚愕に開かれてゆく。

 流れ星は不気味な光を放ちながら、すでに俺たちの目と鼻の先にまで迫っている。

 そのクルマ百台分はあろうかという光量に照らされ、周りはまるで真昼のようだ。

――ぶつかるッ――

 そう思った瞬間、流れ星はマンションの屋上スレスレの位置を凄まじいスピードで通過していく。

 大きさはサッカーボール大なんてモンじゃない。

 少なくとも三メートルはあった。

 激しい風圧。なぎ倒されんばかりに街路樹が傾ぐ、電線が揺らぐ。

「ミチル!!」

 俺は咄嗟にミチルを庇った。そのとき俺の目と鼻の先までミチルの顔が近づいた。思わず心臓が高鳴ったが、今はそれどころじゃあない。

 あの流れ星は? 俺はキョロキョロと辺りを見回した。すると……いた。

 そのUFOとおぼしき物体は西の空にさも当然というように浮かんでいた。そして、それはユラユラとクラゲのように漂っていたかと思うと二度三度、旋回したかと思うと急に高度を下げ始めた。どうやら先程の公園に着陸するつもりらしい。

「ミチル、行ってみようぜ」

「えっ、やめなよ、危ない目にあったらどうするの?」

 ミチルは俺の袖を掴んで引き止めるが、俺の好奇心は収まりそうもない。

「ばっか、ホンモノの宇宙人が見れるかもしれねえんだぞ、こんなチャンス滅多にないぞ」

「でも……」

「やばくなったらソッコーで逃げりゃいいんだって、ほら行こうぜ」

 俺はミチルの手を引いて駆け出した。

 例の公園の周りには既に沢山の人だかりができていた。俺とミチルは人並みを掻き分けてに最前列に出る。

 UFOは公園の中央の広場、地上二メートルぐらいの所をふわふわと漂っていた。さっきまでは眩しいまでの光を放っていたが、今は光も収まり、UFOの実態も把握できるようになっていた。

 それは例えるなら……全長五メートル程の銀色のドラ焼き。この場にドラえもんがいたら目を輝かせて齧り付くであろうそれを俺とミチルは凝視していた。

 不意にUFOに変化があった。ドラ焼きの下部から別の光が分裂したのだ。光は、ゆっくりと地面に降り立つと人の形をとった。光が徐々に弱まり、その人型の全貌が明らかになってゆく。

 それはテレビでよく見る、宇宙服を着た人間そのものだった。

 ズングリとした白いスーツに、黒いシールドのヘルメット。

 その風貌は、どこぞのメーカーの二足歩行ロボットを連想させた。

 ここが何かの展覧会だったら、そのユーモラスな見た目に頬がゆるんだかもしれないが、とても今はそんな空気ではない。その宇宙人(?)の頭部のシールドの向こうに広がる深海のような闇に、言い知れぬ不気味さを感じていた。

「オイもしかして宇宙人じゃねえのか!?」「怖い!!」集まった野次馬がざわめき始めた。「アキオ……」俺の左腕を掴むミチルの手に力が込められる。

 宇宙人はゆっくりと周囲を見回す動作をすると、公園の入り口――すなわち俺とミチルのいる方角だ――に近づいてきた。彼(?)は俺と二メートル程の距離を開けて立ち止まった。

 デカい……俺の宇宙人への第一印象だ。

 俺より頭一つ分大きい。他人に見下ろされるなんて何年ぶりだろうか。

 ちなみに俺の身長は百八十センチだ。

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「始めまして、地球の皆さん」不意に宇宙人が喋った。

 俺は跳び上がらんばかりに驚いて回りを見渡した。

 俺が話しかけられたの? 俺の目配せに野次馬達がうんうんと頷いた。

「あー始めまして」

 すげぇ、俺、宇宙人と喋ってるよ。もしかしてこれが人類史上、宇宙人との初めての接触、いわゆるファーストコンタクトってやつ? あ、NASAとかペンタゴンはもう接触済みなんだっけ? まあ感激するのは後回しにするとしよう、始めましてだけじゃ何なので次の質問をする。

「あんたは何者だ?」宇宙人だって事は分かりきってる。しかし、この質問は、お約束ってもんだろう。

「私はこの星の人間ではありません、別の惑星からやってきました」

 やはり。

「何で地球にやってきたんだ?」

「我々の星は異常気象で滅びてしまってのです、故郷を追われた我々はずっと宇宙を放浪してきました」

「それで?」

「永い永い旅でした、多くの仲間を失いました。多くの困難を乗り越えて来ましたが、先日、我々に最大の危機がやってきたのです」 宇宙人は一拍置いて言った。

「食糧がほとんど底を突いてしまったのです」

「……」俺は何も答えない。

「我々は困り果てました。あらゆる対策を考えました。しかし、どの策もこの窮状を打開できるものではありませんでした、しかし、救いの手が差し伸べられたのです」

「救いの手?」

「そうです、我々と同じような知的生命体のいる星を発見したのです」

 それが俺達の住むこの星、地球ってわけか。

 俺は満を辞して訊いてみた。

「あんたたちの目的はなんだ?」

 宇宙人は一瞬、沈黙したあとに、こう答えた。

「我々に食糧を分けてほしいのです」

「あなた達は何人くらいいるの?」

 俺の横にいたミチルが訊いた。

「……」

 宇宙人は答えない。気のせいかもしれないが、どこか答えにくそうな様子だ。

 少しの沈黙の後、宇宙人は答えた。

「七十億人です」

 それを聞いて俺は、めまいがした。隣にいるミチルが息を飲み込んだようにみえた。

 ギャラリー達も口々に言い合っている。

「七十億だってよ」「世界中の人口とほぼ同じじゃねえか」

 俺は何のとりえもない無学な高校生だ。しかし、今現在、世界中が食糧難に陥っていることぐらいは知っている。

 そして、地球の人口と同じくらいの難民を受け入れたら、どんな状況になるかもある程度、予想はつく。

 俺は言う。

「残念だけど、それは無理なお願いってもんだと思うぜ、この星だって……」

「分かっています」

 宇宙人は俺の言葉を遮った。

「我々もある程度は調査をしました。この星には異星人に譲るほど食糧に余裕はないと」

 何だよ、そこまで分かってんのかよ、だったらなんで……。

「誠に勝手ながら先日、地球人の家畜を何匹か貰い受けました、確かウシとかいう種類の動物だったような」

「あっ!!」

 ミチルが声を上げた。

「アキオ、家畜失踪事件……ニュースでやってた」

 それを聞いて俺もはっと息を飲んだ。

 あ……あれはこいつらが……。

 しかし、あの事件では二百頭もの神戸牛が一夜にして、いなくなったはず。一体どうやって盗み出したんだ?

 ここで俺は、ふと思い出した。物理の時間、SF好きの教師が言っていたことを。

 よく映画や小説で侵略宇宙人を地球人が倒すっていう話があるけども、あんな事できるわけがないと。なぜなら宇宙船に乗って地球までやってくる時点で彼等は人間の手の届かないテクノロジーを持っている。

 せいぜい月までしか行けない地球人に彼らに勝つ術はない、と。

 俺の思案を尻目に宇宙人は言う。

「この星の知的生命体、あなた達の言うところの人間の食性は我々と非常によく似ている事が分かったのです。植物、果物、魚なんでもたべる、あと勿論……動物の肉も」

 宇宙人はそう言ってニヤリと笑った、背中に悪寒が走った。

 俺は宇宙人に問いかけた。

「俺達とあんた達が同じようなモンを喰ってるのは分かった。しかし、それがどうだっていうんだ?」

「この星にある食糧では我々とあなた方地球人の食糧を賄う事はできない。このままでは共倒れしかない、我々は悩みました、悩んだ末にある結論に達したのです」

「そ、それはどんな結論だよ」

 俺の声は上ずっていた。

「簡単なことです、どちらか一方しか生き残れないなら、どちらかが滅ぶしかない」

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「幸いというか何と言うかこの星の科学力は我々のそれよりも、かなり遅れている」

「へっ、そいつは悪かったな」

 俺の強がりは強がりに聞こえただろうか。

 いつの間にか俺の右の袖をミチルが握り締めている。心なしか震えているようにも思う。

「安心してください、さっき言ったように我々は何でも食べられる。草も、鳥も、牛も、そして……人間も」

 俺にしがみついていたミチルがひっと声を上げた。

 不意に宇宙人が漆黒の夜空を見上げ、死刑判決を読み上げた裁判官のように右手を上げた。

 すると俺達のすぐ上空に光の玉が現れた。おそらく、いや確実に仲間の宇宙船だろう。

 それは一つ、ニつと段々増えていく。

「見て!! あっちも!!」

 ミチルが指差す方角を見ると同じように光の玉が現れていた。

「おい!! 向こうもだぞ!!」「十、十一、十二……何個あるんだよ!!」

 野次馬達の声が段々と悲鳴に近くなってゆく。

 一つ一つの宇宙船が強烈な光を放っているため、まるで昼間のように思えた。ああ、さっきまで見えてた星が全然見えなくなっちまったな。俺はこの絶望的な状況にもかかわらず、いや、だからこそか、まるで場違いな事を考えていた。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。パトカーのものだ。

 この非常事態にようやく警察がやって来る。しかし今更、自衛隊が来ようが何が来ようが何の意味もない……。

 ウーウーという音を聞きながら、俺はガックリと地面に膝を付いた。

「アキオ……」そんな俺の心情を察してかミチルは俺の頭に腕を回し、静かに抱き寄せた。

 ふと顔を上げると宇宙人が俺とミチルを覗き込んでいた。

 ヘルメットのシールドには相変わらず深遠の闇が広がっており、そこには俺とミチルの絶望した表情がくっきりと写りこんでいた。

  そして宇宙人は、今度こそ確実にニヤリと笑いながら言った。

「あなた達って本当に美味しそうですね」