ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月7日(金)⑪ ナナミの決意

『ナナミさん、本気ですか!?』

 マイクの向こうからはほとんど悲鳴のような声が聞こえた。

「本気も本気、大本気よ」

 

 私はジャージの右袖をめくりながら、端末に向かって言い放つ。

「紫の結界石を山鰐に食わせる。それを弓で射る。そう言ったのよ」

『いくらなんでも無茶な』

「これでも一年間、弓道をやってたのよ。何とかなるわよ」

 そうだ、これでも一年生の頃は、期待の新入生と部内で騒がれていたのだ。なせばなる。

『でも……』

「ごめんチカゲちゃん。もう時間がないの。通信、切るね」

 そう言って端末の通話モードを終了した。一応念のために電源は入れたままにしておく。また再度使うことがあるかもしれないからだ。

 時間がない、とチカゲちゃんに言ったのは偽りではない。現に私の足元三メートルしたでは、依然、山鰐が元気に且つ不気味に蠢いているからだ。

 待ってろよ山鰐。チカゲちゃんから秘策を授けて貰ったからには、こちらのものだ。

 私は巾着袋の中から結界石(紫)を取り出した。以外に軽い。バスケットボールほどの大きさのそれを、改めて眺めてみる。

 美しい光沢に包まれたそれは、本物の宝石のようだ。昔テレビで見たアメジストを思い起こさせた。これが本物の宝石でないことはわかっている。それでも山鰐に食わせてやるのが、本気で惜しいと思った。

 この作戦を実行するには、最初に山鰐の注意を引かなければならない。私は今いるマットの山から、隣のスチールラックに移動することにした。足場が悪いので、おっかなびっくりしながら動くと、山鰐も何かを察したのか、いっそう激しく壁に体当たりしてくる。蛍光灯が揺れ、木片がパラパラと頭上から降ってくる。私はスチール棚においてあった、砲丸やらバーベルやらを山鰐の頭めがけて投げつけてやった。さっきのバスケットボールやマーカーよりはダメージが大きいはずだ。

 私の思惑通りか、そうでないかは分からないけれど、山鰐は明らかにさっきよりも大きな雄叫びを上げた。明らかに怒っている。

 私の予想を裏付けるように、山鰐はさっきよりも激しく身をよじって暴れ回る。

 ここまでは私の作戦通りなのだが、山鰐が計算外に動き回ったせいで、体育倉庫が崩れんばかりの様相を呈してくる。私は今いるスチール棚に、台風を堪える鳥のようにしがみつくのだった。

 山鰐の蠕動が緩くなってきた。好機と見た私は、棚の横に束になっていた、細長い棒を手に取った。それは棒高跳びで使うポールだった。私はそのポールを手に取ると、山鰐の鼻先を思い切り突いてやった。以前にジュンが、「ここはサメの弱点」と言っていたところだった。まぁ現実のサメの弱点が妖怪と同じとは限らないけれど。しかしながら、妖怪サメである山鰐にも一定の効果があったようで、明らかに忌避するような仕草を見せた。

 ここが好機だ。

 私は傍らの巾着から結界石(紫)を取り出し、米俵を担ぐように構えた。次がチャンスだ。

 怒ったらしい山鰐は、三メートル上部にいる私に吠えた。その血のように真っ赤な口を私に向けて。

 今だッ!

 私は右肩の結界石(紫)を力一杯、バスケのダンクシュートのように山鰐の口の中に叩き込んでやった。ぐにゃりという気持ちの悪い感触が手を伝わってくる。

 急に口の中に異物を入れられたからか、結界石などという相性の悪そうなものを食わされたからだろうか、それともその両方だろうか、山鰐は苦しそうにもがいた。

 それから山鰐はこちらに背を向けると、ひん曲がった鉄扉から出て行った。

 ……。

 後に残ったのは静寂と、廃墟のようになった体育倉庫だけだった。

 た、助かった? 

 私はへなへなとその場にへたり込む。どれくらい座り込んでいたのかは知らないけれど、こうやって頭が働くということは、とりあえずは助かったようだ。

『ナナミさん! 聞こえますか!? 返事してください!』

 リュックに差し込んだままの端末から、チカゲちゃんの焦ったような声が聞こえた。

 私は力の入らない腕を何とか動かして黒い端末を取ると「何とか無事よ」とだけ呟いた。

 いつまでもこうしてはいられない。私は生まれたばかりの子鹿のように弱った足に、力を込めて立ち上がる。そうだ、まだ何も解決していないじゃあないか。倒れるのは山鰐を退治してからだ。

 私は傍らに置いた弓を担ぎ直す。それから、デイバッグに差し込んだ矢を確認する。矢の数は六本しかない。もっと持ってきたらよかった。くそっ。

 何にせよ、これで作戦の第一段階は終わりだ。次はあの結界石(紫)に結界石(白)をぶつける。しかし、それもあまり山鰐に近すぎてはダメだ。爆発に自分が巻き込まれてしまうからだ。

 広い場所で爆発させなければならない。

 広い場所といったら……。

 ……。

 ……。

 グラウンドだ! グラウンドなら十分すぎるほどの広さがある。周りに模擬店もあるけれど、被害は最小限にとどめられるだろう。

 グラウンドに奴をおびき寄せ、これで結界石(白)を撃つ……。私は背中の弓にもう一度手をかける。

 しかし、どこから射る? 

 この小さな窓から狙うには無理がありすぎる。できれば開けた場所がいい。

 となると……。

 体育倉庫の屋上だ! 

 そこからなら十分狙えるだろう。問題は風だが、それは後から考えることにしよう。

 方針が決まったなら、行動に移そう。それにボヤボヤしていたら、山鰐が戻ってくるかもしれない。

 私はマットの山から降りようとして……止めた。今し方、山鰐が出て行った扉から出ていくのは憚られたからだ。もしかしたら、入り口付近で待ち伏せされているのかもしれない。

 となると、他に出口を探さなければならないが、どこかあるのだろうか。迷う私の目に、陽の光が射し込む窓が入ってきた。