ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月7日(金)⑦ 探索

 ホールの反対側にもうひとつ出入り口が見えた。

「あそこから出たら、武道場まですぐだぜ」

 私たちは足早に歩を進める。

 

 しかし、チカゲちゃんはどうなったのか? 無事でいるのだろうか。もし何ともないなら、追いついてくると思うのだが。チカゲちゃんが言うには山鰐に襲われても、精気を吸われるだけで、命に別状はないという。その言葉を信じる以上、チカゲちゃんは無事だということにはなるのだろうが。

「ナナミン、逃げるぞ!」

 私の思考をジュンの叫び声が引き裂いた。彼女が指さす方を見て、私はまたもや腰が抜けそうになった。

 西側の窓、そこからは中庭が丸々見えるのだけれど、その窓の向こうから、バスくらいの大きさのサメがこちらをのぞき込んでいたのだ。

「ヤバい、先回りしてやがったんだ」

 ジュンが毒づくように言った。

 恐らくは山鰐は私たちが逃げた方向から、ある程度の逃亡先のアタリをつけていたのだろう。

 私たちの姿を認めた山鰐は、当然のごとくホールのガラス窓をぶち破って、ラウンジ内に侵入してきた。

 ガシャーン! という耳をつんざくような音とともに、ガラスが飛び散る。

 山鰐は威嚇するように、それとも品定めをするかのようにグルルと鳴いた。目に入ってくる光景は、よく見知ったラウンジ。しかし、そこにいるのは空飛ぶサメ。この現実的とも非現実的ともいえる光景に、私の脳はパニックになりそうだった。

「うぉりゃぁぁ!」

 威勢のいいかけ声とともにジュンが手近にあったテーブルを投げつける。そのテーブルは山鰐まで弧を描いて飛んでゆき、見事に山鰐の鼻先に当たった。現在の山鰐の体長と重量ならば、たとえテーブルが当たったところで蚊に刺されたほどにも感じないだろう。しかし、獲物が突然反撃に出てくるという事態は、山鰐自信にとっても予想外のものであるらしかった。一瞬、明らかに大サメは怯んだ様子を見せた。そしてそのわずかの隙は、私たちが逃げの一手を打つには十分すぎるほどの時間だった。

 私とジュンは同時に出口に向かってダッシュしていた。その僅か一秒後、私のいた場所に山鰐が飛び込んできた。耳をつんざくような轟音とともに、土煙が舞い上がる。コンクリートの地面に大穴が開く。私とジュンは山鰐を後目に出口に向かう。

 山鰐に精気を吸われても命に別状はないって話しだけど、あの巨体で体当たりされたら、それだけで命取りになるような気がするんだけど

 ホールから出た私たちは、一直線に武道場へ向かう。

 日差しが強い。今日は快晴みたいだ。こんないい天気の日に何をやっているのだろうか私は。

 しばらく経ってから、私たちの背後で耳障りな破壊音が響いた。それから少し遅れて、身のすくむような咆哮。振り返ってみると、山鰐が出口を破壊して、外に躍り出てきたところだった。あまりにも出口が小さいので、無理矢理に出てきたのだろう。

 しかし、昨日、今日と私たちと山鰐は学校の設備を壊しすぎだ。こんなことでは、例え山鰐を倒したとしても無事に文化祭が開けるのだろうか。開けたとしても、相当ショボいものになるんじゃあ……。しかし、今の段階でそんなことを考えても仕方がない。今は山鰐を退治するのが第一だ。

 今回は、私たちと山鰐との間には結構なマージンがあった。だから先程と違って、私たちは余裕を持って、武道場に着くことができた。

 ジュンが武道場の入口を開ける。靴脱ぎがあるけれど、今は正直に靴を脱いでいる暇はない。脇目もふらずに柔道場に向かう。この武道場はそれなりに大きな建物だ。それなりに頑丈にできているのだとは思う。しかし、それでもあの山鰐の攻撃に耐えられるかどうかは疑問だ。もしかしたら、今こうしているときに、壁をぶち破って山鰐が入ってくるかもしれない。この武道場だって安全な場所ではないのだ。

 柔道場に飛び込む私たち二人。

「ナナミンはそっちのリュックを頼んだ!」

 ジュンはチカゲちゃんの荷物の、大きめのデイバッグを漁り始めた。

 続いて私も、チカゲちゃんのもう一つの荷物のリュックを開ける。チカゲちゃんの言っていた秘密兵器とはどれだろうか。歯磨きセット、タオル、読みかけの小説等々、関係なさそうなものをよりわけていく。

 しかし私も女とはいえ、女子の荷物を本人がいないところで開けるというのは罪悪感があるな……。これは全てが解決した後で、きちんとフォローしておこう……。

 ない、ない、ない、どれだけまさぐっても、それらしいものは見つからない。チカゲちゃんは『それ』は黄色い結界石ですと言っていたので、それっぽいものを探していたのだが、ついぞリュックの中には見あたらなかった。

 リュックを逆さまにして、残った荷物を一気に出す。目を凝らして山と積まれた持ち物をかき分けるように探すが、目当ての結界石はついぞ見当たらなかった。

「ジュン! そっちはどう!?」

「あーこれでもない。あれでもない!」

 ジュンはジュンで苦戦しているようだった。私も手伝おうかと言おうとしたときだった。

 轟音とともに、柔道場の壁がぶち破られたのだった。

 爆風とともに壁の破片や木くずが飛んでくる。私は反射的に両腕で顔面を覆った。そして腕の隙間から見た。

 もうもうと立ち上る煙の中、山鰐が真っ赤な口を広げながら入ってくるのを。

「ヤベェ! ついにここに入られた」

 ジュンが舌を打つ。

 山鰐は自らが開けた大穴から、半分ほどその巨体を出し、山のように大きな顎を開けた。火のように真っ赤な口中が目に入ってくる。

「ここはもうだめだ! ナナミン、これ持って逃げろ!」

 ジュンはチカゲちゃんのリュックを、まるでラグビーのパスのように私に投げてくる。

「その中にチカゲが言ってた秘密兵器がある! はずだ! なんとしてもそれを見つけてサメ野郎を倒せ!」

「そんな! ジュンはどうするのよ!」

「ここでサメを食い止める! お前はここを出て、こいつを倒す方法を見つけろ!」

「そんな! 無茶よ! 私にそんなこと……」

「文化祭を開くんだろ!? そのためにこのサメ公を退治しなきゃならないんだろ!? だったら泣きごと言ってんじゃねぇよ!」

「でも……」

「もう時間がねぇ! さっさといけ!」

 ジュンが言うが早いか、山鰐はジュンに向かって大きな口を開ける。ジュンはすんでのところで身をかわし、山鰐の噛みつきを逃れた。

「おい! ボヤッとしてんじゃねぇ! さっさと行かねーか! お前がコイツを倒すんだよ!」

 そうだ、最後のトドメは私が刺さなければならない。意を決した私は、身を翻す。そして一足飛びに柔道場を抜け出した。