ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月8日(土) 文化祭

「ねぇナナミ。メニュー表これでいい?」

 クラスメイトのミキが手にかざしているのは、模擬店の店頭に掲げるメニュー表だった。

『焼きそば大 350円  中 250円  小 150円』

 と書かれていて、周りには焼きそばを擬人化したイラスト。その他、星やら地球やら流行のマンガやアニメのキャラクターが描かれている。

 

「うーん、もうちょっとイラストを足した方がいいかな。そうしたら表全体が華やかになると思うし」

「はーい。分かった。そうしてみる」

 ミキはそう返事して手元に散らばったカラーペンに手を伸ばした。

 ふと上を見上げてみる。

 本来ならば、そこはテントの天井が見えるはずの場所。しかし、そこには薄黄色の天幕ではなく、真っ青な空が広がっていた。

 昨日まで我が校を騒がせた山鰐事件。それは不肖有沢ナナミと、相馬ジュン、服部チカゲの三人の手によって解決した。しかし、その代償と言ってはなんだけれど、我が校は大きな被害を受けてしまった。その一つがコレである。山鰐が暴れ回ったせいで、グラウンドのテントの殆どが壊されてしまったのである。壊れたままで使うのは危険ということで、鉄製のテントはその殆どが撤去されてしまったのだ。運良く被害を免れたテントもあるにはあった。しかし、私のクラスのテントはその幸運には恵まれなかった。幸いにも文化祭の二日間の天気予報は、快晴だった。せめてものお慰みだ。

 左手の腕時計に目をやる。十一時半を少し過ぎようとしていた。

 作業を開始してもう三時間半近く経っている。それに、もうそろそろお昼が近い。休憩をはさんだ方が良いだろう。

「みんなーそろそろ休憩にしましょう。各自自由にご飯食べていいからねー」

 私がクラスの面々にそう告げると、「うーい」「分かったよーナナミ」という返事が返ってきた。

 そういえば、私も丁度お腹が減ってきたところだ。こんなところで腹の虫が鳴らないといいのだけれど。

 ちょっと購買まで行ってパンでも買ってこよう。それなら軽く食べながら作業もできるしね。

 私の考えは甘かったようだ。

 購買はすでに人でごった返していた。それはまさしくバーゲン中の婦人服売場のようだった。皆我先にとパンを掴んでいる。これはパン一個を手に入れるのも一苦労しそうだった。軽く購買でパンでも買って、それ食べながら作業しようというのは、皆同じ考えだったようだ。この様子じゃあ、私の目当てのカレーパンとメロンパンはすでに売り切れているだろう。仕方ない、ちょっと遠いけど学校の外のコンビニにでも行こうか……。

 そう考えたときだった。

「アレ? ナナミンじゃん。何してんのこんなところで」

 聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「ああ……。ジュンか……。見てのとおりよ。お昼ごはんを買いに来たら滅茶苦茶混雑してるから、コンビニに行こうと思ってるのよ」

 私はバッドタイミングで現れた、空手部部長の後輩にそう言った。

「はっはーそいつぁ残念だったな。購買でパン買おうと思ったらな、アタシみたいに十五分前には行動してないと駄目だぜ。ナナミンってあんまり購買来ないだろ?」

 ぐっ……。ジュンの言うとおりだった。私は普段は圧倒的にお弁当派だった。しかし、今朝は母が寝坊してお弁当を作っていなかったため、珍しく購買に来たのだった。

 しかし、それよりもジュンの抱えている物達の方に視線をやる。

「何だったらアタシの昼飯分けてやろーか?」

 そうなのだ。この空手女は、両手から溢れんばかりにパンを抱えているのだった。

 クリームパン、イチゴサンド、ホットドッグ、ヤキソバパン、私のお目当てのカレーパンとメロンパンまで持っている。ジュンの申し出に危うく「うん」とうなずきそうになってしまったが、彼女の次の台詞で何とか思いとどまった。

「一個五百円な」

 購買で売っている値段の倍以上のレートだった。いくらなんでもパンにそこまでのお金出せるか。コンビニ行った方が良いわ。

「結構よ。そこまでして食べたいとは思わないわよ」

 私はプイとそっぽを向いて、その場を辞しようとした。

「タハハハ。冗談だっての」

 背後からクリームパンをつまんだ手が伸びてきた。

「それやるよ。もちろんお代はいらねーから」

 何か裏があるんじゃないかしら……。例えば今回、山鰐退治を手伝った報酬を払えとか……。そういえば、以前、私に賄賂を渡そうとしたわね。

「そんな顔すんじゃねーよ。何も企んじゃいねーって。カケルには日頃から世話になってるからよ、そのお礼だよ」

 それならカケル本人に渡した方がいいと思うけれど……。まぁそこら辺を突っ込むのは野暮というものなのだろう。

「ちっと時間あるか?」

 ジュンは木製のベンチを指しながら訊いてくる。

 ベンチに腰掛けると、ジュンはヤキソバパンにかぶりつきながら言う。

「文化祭開くことができそうだな。ナナミンとしては良かったな」

「まぁね。宮本先輩も喜んでくれたし、これで万々歳ってところね」

 山鰐を倒した後のことだ。

 安心してしまったからからか、それとも疲労が一気に吹き出してしまったのか、私はその場で倒れてしまった。気がついたら病院のベッドの上だった。山鰐を倒した後のことは、はっきり言って全然覚えていない。だからジュンとチカゲちゃん、またはその他の人たちから伝え聞いたことの範囲でしか知識がない。

 それでもそれらの人たちの証言をつなげてみると、次のようになる。

 私が倒れた後、ジュンとチカゲちゃんがすぐに救急車を呼んでくれた。私を病院に運んだ後、ジュンが宮本先輩に山鰐を退治したこと、もう学校は安全だということを報告してくれた。なお、ジュンは宮本先輩の連絡先を知らないため(私のスマホにはロックがかかっているし)、空手部の上の組織、体育連合会を通じて連絡したそうだ。

 それからは速かった。

 学校が安全になったこと、文化祭の準備ができるようになったことがLINEやSNSを通じて全校生徒に通知された。

 でもさっきまで妖怪が暴れていた学校に、人が戻ってくるのだろうか? とジュンは悲観的に考えていたそうだ。しかし、それは杞憂に終わった。

 一人がやってきて、そのすぐ後に二人目、そして三人目と次から次へと生徒がやってきて、一時間が経つころには、学校はそれなりに盛況をとりもどしてきたそうである。

 ちなみに私は金曜の夕方に目を覚ました。一応、検査を受けたのだが、特に異常は見られなかった。

 たまたまお見舞いに来てくれていた宮本先輩から、生徒たちが学校に来て文化祭の準備をしていることを聞いて、すぐに学校に向かいたかった。が、宮本先輩より「無理しちゃ駄目。あなたはこの二日間、ずっと頑張ってきたんだから、今は休むときよ。きちんと休息をとらないといい仕事はできないわ」という一言で、私はもう一晩、入院することに相成ったのである。

 それで翌朝、すぐに退院の手続きをとって、その足で学校にやってきて、今に至るわけである。

 正直言って、今でもちょっと身体がだるい。できればもうちょっと休みたかったというのが本音だ。でも他の皆が頑張っているのだ。実行委委員長の私が寝ているわけにはいかない。

「ま、あんまり無理はするなよ。ナナミンの本番は明日なんだろ?」

 そうなのだ。私は明日の開会式で、校長や市長といったVIPに混じって、文化祭開幕の挨拶をしなければならないのだ。そのことを考えたら、胃が痛くなってくる。せっかく山鰐を倒したのに、新たな胃痛の種が……。

「ナナミンがどんなスピーチするか楽しみにしてるぜ。なんか一発ウケるようなヤツ頼むぜ」

 ジュンがくつくつと笑うが、そんなウケ狙いなんかするわけないじゃない。

「私も楽しみにしてますよ」

 流麗な声が頭の上から振ってきた。私は思わず顔を上げる。

「おめぇ、まだこの学校にいたのかよ。そろそろ不法侵入で訴えられんぞ」

「あら、私はこの学校を救った救世主ですよ。ちょっとは学生生活を楽しませてくれても良いじゃありませんか」

「救世主じゃなくて救世主『たちの一人』だろ」

 ジュンがメロンパンをかじりながら、その声の主、服部チカゲちゃんに向かって笑いかけた。

 確かに今回の事件では、チカゲちゃんに大層世話になった。だから学生の体験くらいはさせてあげたいと思っているし、宮本先輩に相談したところ「いいわよ、それくらい」という返事だった。

 しかし、私は複雑な心境だった。なぜなら私はチカゲちゃんに総額五百万円の借金を背負っているのだから。そのことを思うと心が重苦しくなってくるというものだ。だからといって、チカゲちゃん本人には悪感情を抱いているわけではないのだが。

「ところでお二人とも、文化祭じゃあ何をやるんでしたっけ?」

「私のところは焼きそば屋ね」

「アタシのところはフランクフルト屋」

「へぇー食べてみたい! 明日が楽しみです!」

 チカゲちゃんの顔がパァッと明るくなる。こうしていると年相応の女子高生なのだが。

 そんなチカゲちゃんの表情を見たからか、ジュンが肩をすくめながら言った。

「何だったら今から食べに来るかい? これからちょっと明日の練習がてら、試作品を焼こうと思ってたんだよな」

「えぇっ! 良いんですか!?」

「いいってことよ。うちのクラスの責任者は実質アタシだからな」

「いや、駄目でしょ。本番は明日なんだから。役所には火気使用許可は明日の日付で提出してるのよ」

 私は慌てて止めようとするが、空手家少女は聞く耳を持たないようだった。すっと立ち上がると、グラウンドに向かって歩き出す。

「普通のケチャップとマスタードソースがあるんだよな。どっちにするよ?」

「私、マスタードがいいです!」

 チカゲちゃんが元気に手を上げる。

「それとよ、これ秘密だったんだがよ。うちのクラスにナナミンの弟がいるんだよな」

「えぇっ! そうなんですか!? 私、会ってみたいかも」

 チカゲちゃんの目は妖しくキラキラ光っている。これは良くないことが起こる前兆かもしれない。

「ち、ちょっと待ちなさい! その前に今日はまだ火を使っちゃ駄目……」

「硬いこと言うなって。こういうことは柔軟にだな……」

「ねぇねぇジュンさん。ナナミさんの弟ってどんな人なんですか?」

「あー顔は悪くねぇな。すぐムキになるのは姉ちゃんとそっくりだ」

「へぇー」

 誰がすぐムキになるだ。撤回しなさい。いや、それよりも火気を……。

 私たちは文化祭を明日に控えた校舎を歩いていく。その後ろを秋の風がさわやかに通り抜けていった。

                            完