ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月6日(木)① アスカへの訴え

 翌日の朝八時、私とジュンとチカゲちゃんの三人は生徒会室の前にいた。これから宮本先輩に文化祭中止の直談判をするただ。

 二回深呼吸をしてからノックする。「失礼します」と一言断ってからドアを開けた。

 

 久しぶりにやってきた生徒会室は、以前とあまり変化がないように感じる。

 生徒会室の中では生徒会のスタッフが忙しそうに動き回っていた。文化祭まであと三日ということで朝の時間まで使わなければ覚束ないのだろう。そんな中で私達の話を聞くために時間を割いてくれる会長のことを考えると少し胸が痛んだ。段ボール箱を二つ抱えた大柄な男子生徒が、私達を見るや否や怪訝そうな視線を送って来た。

 慌ただしく動いている彼らの向こう。会長席にひときわ目を引く容姿の人物がいた。ファイルに目を落としながら、スタッフらしき女生徒に指示を出している。書類を覗き込むその立居姿もうっとりする程美しい……。

 そのとき、麗人の瞳が、私の方にフォーカスされた。急な客人の存在に気付いたのだろう。優雅に手を振る。それを見て、私は生徒会室の一番奥、宮本先輩のいる会長席まで歩を進めた。

「おはよう、ナナミ」

 よく通るアルトが生徒会室に響いた。

「おはようございます。宮本先輩」

 私は恭しく一礼する。

 何か可笑しかったのか宮本先輩はそんな私を見て、ふっと小さく笑った。

「それで、今日はこんなに朝早くから一体何の話しかしら?」

 先輩が優しげな眼差しを私に向ける。自分がこれからする奇想天外な話の内容を思うと、宮本先輩の視線がとても痛い。

「先輩、実は……」

 私は昨日のおぞましい体験を語るべく、口を開けようとする。しかし、私の意思に反して、なかなか開こうとしない。

 自分の口が、まるで見えない力によって、押さえつけられているかのような錯覚を感じた。何とか無理にこじ開けて、話始める。

「実は文化祭の事なんですが……」

 話の最初の方は、宮本先輩も真剣に耳を傾けてくれていたように思う。ただ、話が進むにつれて段々と雲行きが怪しくなってきた。アカリが旧校舎で発見されたこと、その後チカゲちゃんと会った話になると、先輩は大きく首を傾げた。その次に、同じく旧校舎で私とジュンが山鰐に襲われたくだりになると、生徒会長は腕組みして眉間に大きく皺を寄せた。そして最後に私が、

「と、いう事なんです。どうか今年の文化祭を中止にしてください」と言った時には、驚いたように私を見ていた。当たり前よね。朝早くに生徒会室にやってきて、一体何の話をするのかと思ったら「サメの妖怪が出たので文化祭を取りやめにしてください」なんて言われるんだもん。私が先輩の立場だったら「病院行きなさい」って言うわ普通に。

 私のそんな嘆願を聞き終わった先輩は、腕組みして何か考え込むような仕草を見せた。そしてそういう悩んだかのような顔もまるで白百合のように高貴で美しく、この時も私はうっとりと見惚れていたのだけれども、それはまた別の話。

 宮本先輩が顔を伏せている様子をそんな邪な想いで見ながらも、その実は「一体どんなことを言われるのだろう」と戦々恐々としていたのだった。私の背中にじんわりと汗が滲み始めたとき、やにわに先輩の肩がぷるぷると震えだした。どうしたのだろう? と私が思ったその瞬間。

「あはははは!」

 と、麗しの生徒会長が声高らかに笑い出した。それは清々しいまでの高笑いだった。あぁ宮本先輩もこんな風に大笑いするんだ。

 普通、大声で笑ったときは、表情のバランスが崩れてしまうものだが、そこはやはり宮本先輩。持ち前の優雅さを失わない笑い方だった。ひとしきり笑いたおした後、おもむろに言った。

「あー可笑しい。こんなに笑ったのは久しぶりだわ」

 先輩としては余程面白かったのだろう、涙目になっている。

「ナナミ。あなたもこういう冗談を言うようになったのね」

 まるで教え子の成長を喜ぶ教師の顔だ。もしこれが私と宮本先輩が高校球児と監督の関係なら喜ばしいのかもしれない。しかし残念ながら私と宮本先輩はそういう関係ではない。

 それ以前に、宮本先輩は私の言ったことが全てなんらかの悪いジョークだと思っているのが一番の問題だ。まぁ無理もない話だ。学校の敷地内に空飛ぶサメが現れましたなんて言われて、いきなり信じろという方がどうかしている。しかし、ここで引き下がってはならない。たとえ相手が尊敬してやまない宮本先輩だとしても。

「先輩! 私が今言ったことは、冗談でも嘘でもありません! 本当なんです! 本当に山鰐という妖怪が出たんです! そいつがアカ……川口さんの精気を吸い取って入院させたんです!」

 何とか必死に食らいつく。しかし、当の宮本先輩は相変わらず涼しげな表情だ。そして穏やかな声で私に語りかける。

「覚えているかしらナナミ?」

「な、何をですか?」

「確かに以前、私はあなたに真面目に考えすぎてはダメって言ったわ。あなたは前から、少し頭が硬いところがあって、それがよくない方向に行く可能性があったからそう助言したの。それが段々と柔らかくなっていって、川口さんやカケル君ともつまらないながらも冗談も言い合うようになって、表情も明るくなった。あなたが変わってくれて、私も自分のことみたいに嬉しかったわ」

 先輩は何を言いたいのだろうか。

「でもね、悪いけど今は文化祭の準備中で、私たちは猫の手も借りたい状況なの、あなたも実行委員長なんだから、その辺は分かってくれるでしょう? こういうジョークに付き合っている暇はないの」

 やはり頭から信じていないようだ。タチの悪い冗談だと思われている。こんな様子では、文化祭の中止など聞いてもらえそうもない。どうしたものだろうか。と、そのときだった。

「オイ、宮本先輩とやら」

 私の横にいた空手少女が割り込んできた。

「さっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってくれるじゃねえか」

 ジュンはブレザーの裾をまくりあげ、今にも先輩に喰ってかからんばかりだった。

「言っとくけどな、ナナミンは嘘は言ってねえぜ? このアタシが証言するよ。っていうかさぁ、可愛い後輩の言ってる事なんだからさ、ちったぁ信用するような素振りでも見せたらどうなんだい?」

 鼻息を荒くするジュン。しかし、宮本先輩はジュンのそんなタンカにも涼しげな表情を崩さない。 宮本先輩は、まるで喋る犬でも見るかのようにジュンをしげしげと見る。それから凛とした声で言った。

「あなたは誰?」

「一年三組の相馬ジュンだよ。空手部所属。ヨロシク!」

「相馬……あなたが相馬さんなの?」

 宮本先輩は驚いたように目を見開いた。

「おっと、これは光栄だね。生徒会長サマに名前が知られていたとはね」

 おどけるようにジュンは言う。

「生徒会ではあなたは有名人だからよ。聞いたわ、イベントを使って賭け事をやろうとしてたんですって?」

「うっ……」

 先輩がさりげなく糾弾する。流石のジュンもこれには閉口した様子だ。

「ナナミ」

 言うが早いか、先輩は私に向き直って言う。

「あなたと相馬さんって、知り合いだったのかしら?」

「えーっとその辺はなりゆきで……」

「さっきの気の利いたジョークも、相馬さんから教えてもらったのね?」

「いや、私が言ったことは嘘でも何でもなく本当の事なんです……」

「随分とユーモアのセンスが上がったものね。昔のあなたからは考えられないわ。でもね、さっきも言ったように、今の私にはそんな与太話に付き合っている時間は無いの、分かって頂戴」

「でも実際に……!」

 私が抗弁しようとしたとき、一人の男子生徒が生徒会室から出てきた。

「会長、ちょっといいですか? 文化祭当日の来賓の件で……」

「あら、いいわよ。丁度こっちの話も終わったことだし」

 先輩は私の話を終わらせるつもりらしい。

「そういう事なの。もう行かなきゃ」

 そう言い残して、先輩は生徒会室に消えて行った。

 その場には私とジュンとチカゲちゃんの三人が残された。呆然と立ち尽くす私の横を、生徒たちが怪訝そうな目で見ながら通り過ぎてゆく。先輩が消えて行った生徒会のドアを見る。ぴしゃりと閉じられた扉が寒々しい。

「……」

「……」

「……」

「おい、どうするナナミン?」

 ジュンが訊いてくる。

 まだ終わっていないわ。

「終わっていないってどういう事ですか?」

 チカゲちゃんが訊いてくる。

「今日の放課後、生徒総会があるの」

「生徒総会?」

 ジュンとチカゲちゃんの声がハモる。

「そう、生徒会役員が全員集まって会議をするの。この時期なんだからおそらく文化祭のことを話し合うんだけれど、その生徒総会には、文化祭実行委員長も出席していいの」

「ってことは」

「こうなれば一か八かだわ。生徒総会で事情を全部ぶちまける、そして文化祭を中止に持っていくわ」

「そんなことしてナナミさんは大丈夫なんですか?」

 チカゲちゃんが心配そうな顔で覗き込んでくる。

「多分、無事じゃあ済まないわね」

 額から変な汗が一筋、つうと流れた。

「下手したら、その場で実行委員長解任ね」

「か……解任ですか?」

「クビかよ?」

 ま、そうなったらそうなったで仕方がないわね。

 授業開始を告げるベルが、いつもより味気なく聞こえた。