ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月7日(金)⑬ 早矢

えーと赤いボタンね。これを押してメニューを……。

「出たわ!」

『次に【妖怪探査モード】と言う項目があるので、それを選んで決定ボタンを押してください!』

 チカゲちゃんの言うとおりにボタンを押してゆく。すると……。

 

 

端末中央の画面に、白い点がピコピコと光っている。

「画面中央の赤い点が端末のある場所、すなわちナナミさんの現在位置です! そして白い点が妖気のある場所で、山鰐がいる場所です! それを参考にしてください!」

 これはありがたい。

 この端末によれば、山鰐はまだ校内にいるようだ。

 ん!? 山鰐が移動する。端末の画面内を左に進んでくる。ということは……私に向かってきている! 

 山鰐はどうやら最後の決戦を望んでいるらしい。

「こっちにくるわ!」

「ナナミン! 一体どうやってサメをやっつけるつもりだ!?」

 私は黙って弓を掲げた。

「あン? ただの弓じゃねーか。そんなモンでどうやって……てまさか!?」

 そのまさかよ。山鰐にはすでに結界石(紫)を食わせてある。あとはその結界石(紫)に結界石(白)をぶつけるだけ。ただ単に至近距離からぶつけただけだと、自分が爆発に巻き込まれて終わりだけど、私には『これ』がある。私は背中から弓を外した。

 土煙がもう一度吹き上がった。今度はさっきよりも近くなっている。山鰐が、私がここにいることに気づいたのだろう。距離は目測で百メートル。まだまだ遠い。弓で狙ってもとても届く距離ではない。しかし、逆を言えば、山鰐がここに来るにはまだまだ余裕があるということだ。

 私は結界石(白)を手に取って……。

 あ。しまった。

 大事なことを忘れていた。背中にいやな汗がジワッと滲んだ。

 矢の先端に、どうやって結界石(白)を結ぶかを考えていなかった。当然ながら、矢の先端は何かをくっつけられるような形状にはなっていない。ただ、つるんとした矢尻があるだけだ。結界石(白)の方にも、特になにかを引っかけたりできたりするような形にはなっていなかった。ただ水晶のように鋭利な形状をしているだけだった。

 ……。

 ……。

 ……。

 そうだ! 

 私は手のひらの上の結界石(白)を見て、あることを思い出す。そして今度は自分のリュックの中を漁る。確かアレをサイドポケットの中に入れたはずなんだけど……。あった! 

 取り出したのは、長さ五センチくらいのプラスティックの箱。それは予備の髪留めのゴムを入れておくものだ。開けると中にはピンクや紺の色とりどりのゴム。私はそのうちのひとつを手に取ると、手首にかけた。これらのゴムは、私が長い年をかけて集めてきた、お気に入りのコレクションだ。それを犠牲にするのは正直いって心が痛い。しかし、山鰐を倒して、文化祭を開くためなら、それは致し方がないと思う。

 私は矢の先端に結界石(白)をあてがうと、髪留めのゴムでしっかりとくくりつける。確認のために軽く揺すってみる。結界石(白)はぴくりともしない。どうやら大丈夫そうだった。私の愛用のコレクションを犠牲にするんだからさ、上手くいってよね。

 でも結界石(白)を結んだことによって、矢尻が重くなってしまった。そのために、飛距離も短くなってしまうかもしれない。そこに注意しないと。

 私はゆっくりと両足を広げる。足は肩幅より少し広め。五秒かけて息を吸い、同じく五秒かけて息を吐く。緊張をほぐすときの私のルーティーンだ。

 まだ呼吸が荒い。気負っているのか。それはそうだろう。これからの私の射に、全てがかかっているのだ、気負うなという方が無理というものだ。それに私が矢を射るのはこれが一年半ぶりになるのだ。

 私はもう一度、さっきのルーティーンを繰り返す。今度はより力を抜くことを意識して。

 ――さっきより力が抜けた、ような気がする。

 次に脇に構えていた弓を目の前に立てる。そして自分のへその下に意識を集中する。

 弓道では、弓を射る動作は八つに分けられる。射法八節というやつだ。今やっているのはその二つ目の動作、胴造りというものだ。

 右手を弦にかけ、的を見る。ここで自分の狙う的というを意識するのだ。本来の弓道なら、的は赤い点のついた丸いものだが、今回は空飛ぶサメだ。本当の的なら動かないのだが、今日の山鰐は動きまくるので、中てるのは一苦労だろう。

 当たり前のことだが、実際の生き物を的にするのはこれが始めてだ。矢を人や動物に向けてはいけないなんて、常識で考えたら分かることだ。

 両拳を頭と同じ高さに持ち上げる。

 打ち起こした弓を引く。

 横から見たら、私と弓が、平仮名のくの字になっているように見えるはずだ。あとは発射のタイミングを計るだけ。

 落ち着け私。

 呼吸を整えろ。

 頭をクリアにするんだ。

 私の狙いのスタイルは、半月の狙いだ。的が弓に半分だけ隠れるようにして狙うことからこの名がついている。今日の的はいつものじゃあなく、地面を泳ぐサメなんだから、なんと呼んだらいいのだろうか。そんなくだらないことを考えてしまう。

 視界の先では、山鰐が自由に泳いでいる。こっちがどんな気持ちでいるのかしらないで。チクショウ。

 矢の先端を山鰐に向ける。心に何か黒い霧が立ちこめるような感覚が襲ってくる。手の先が震える。これは何? 

 緊張しているの? 確かにそれもあるだろう。弓道場から持ってきた矢は少ない。三手だから合計六本だけ。この六本の矢にこの菊川高校の、そして私の運命もかかっているのだ。緊張するなというのが無理な相談だろう。しかし、この震えはそれだけじゃあない気がする。

 そうだ、これから生き物を射るからだ。

 入部間もないころ、宮本先輩から「矢は絶対に人や動物に向けては駄目」と教わったっけ。そんなことは常識なんだけど、今現在、私は生き物に矢を向けている。山鰐は私たちの敵だ。そのために私は弓を手に取っているのだ。そのことに後ろめたさを感じる必要はないはずだ。しかし、この心の中に溜まっていく、黒い泥のようなものは何だ。敵とはいえ、生き物に対して武器を向けることに対する罪悪感があるのか。人間には生命に対して、敵意を向けることについて本能的なストッパーがあるのかもしれない。だとしたら、ハンターはすごい精神力をしているのだろう。

 震える手をなんとか押さえ、私は照準を定める。

 呼吸を整え、一点を見る。

 山鰐が横に動いているときは駄目だ。縦の動き、すなわちこちらに向かっているときに撃つのだ。

 土煙がこちらに方向転換してきた。私に気づいたらしい。山鰐は一直線に体育倉庫に向かってくる。狙いやすくて丁度いい。

 矢が届く距離は、せいぜい三十メートル。そこまで引きつけなければならない。山鰐までの距離は七十……六十……どんどん距離が食われていく。私は山鰐に近づいてほしいのか、それとも近づいてきてほしくないのか。

 雑念を入れるな。

 今やるのは、照準を定めて、矢を射るだけ。それだけに集中するんだ。

 五十……四十……。

 もうすぐだ。焦るな。集中を保て。

 三十! 射程距離に入った! 

 矢を放つ。射方八節の内、離れという段階だ。

 ぴゅっという、弦が空気を切り裂く音。

 矢がぐんぐんと小さくなってゆく。私の狙った通りの場所に一直線に飛んでゆく。

 当たるか!?

 しかし、矢が到着する直前、山鰐は身を翻した。矢は一秒前まで山鰐がいた場所を通過し、地面に衝突した。かきぃん! という鋭い音が耳に入ってくる。

「ちくしょー! 惜しい!」

 四十メートル程離れた場所で、ジュンが福引きに外れたときのように悔しそうに指を鳴らした。

「ナナミさん! 風月丸で援護します!」

 そう言うとチカゲちゃんは目を閉じ、詠唱を始めた。しばらくして、チカゲちゃんの影から、以前と同じように風月丸が飛び出てきた。