ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月4日(火)④ 旧校舎

文字通り、顔から火が出るような気持ちだった。

 旧校舎への足取りも自然と急ぎ足になってしまう。

 

 ああ、不覚、ふかく、フカク、全くもって不注意だった。もっと自重するべきだった。カケルにセクハラするならもっと別の場所でするべきだった。今更ながら後悔の念がさざなみのように押し寄せてくる。

 余りにも迂闊な自分にも腹が立つが、もっと腹立たしいのが……。

 さっきから私の後ろで、壊れた笑い袋のようにゲラゲラと笑い倒しているノッポの女子。

 さっきの事もあって、私は早々と一年生の校舎を後にしたのだが、何を思ったのか、この空手少女は文化祭の準備をほっぽりだして、小鴨の雛のように私の後についてきたのだ。

 本物の鴨みたいに可愛くないけど。

 よっぽど可笑しかったのだろう。背中を丸めて、文字通り腹を抱えて笑い転げている。眼にも薄っすらと涙を浮かべ、まるで壊れた笑い袋みたいに笑い声をあたりに放出している。

 ちょっともう、いい加減にしてよ。周りから思いっ切り白い目で見られてるじゃない。

 流石にイラついてきたので振り向いて思いっきり睨みつけてやる。すると殴られるとでも思ったのだろうか、悪戯を見つかった子供のように後ろに跳びのいた。

「いやー驚いたよ、カケルにお姉ちゃんがいることは聞いてたけどさー、まさか実行委員長さんだなんてなー、いやー世の中って狭いねぇ」

 うんうんと、さも満足げに頷く。

「世の中が狭いっていうのには同感だわ、まさかあんなトンデモイベントを考えた人と私の弟が同じクラスなんてね」

「いやー結構いいアイデアだと思ったんだけどね」

「そんなわけないじゃない」

 相馬さんの方を見ずに言う。

「そうそう、その事なんだけどさ」

 相馬さんは何かを思い出したように、ぽんと手を叩いた。

「ねぇー弟のクラスメイトのよしみでさぁ、許可くれない?」

「駄目よ」

 スッパリと叩き切ってやる。

「えぇーどうしてさ?」

 おもちゃを買ってもらえなかった子供のように、口をすぼめる。

「ねぇ相馬さん」

「ジュンでいいよ」

 ショートヘアーの少女はカラカラと笑った。この娘と話してると何か調子が狂うわ。

「じゃあジュン。この前も言ったけど、動物虐待まがいの見世物なんて、認めるわけにはいかないの。そんなデタラメなイベント認めてみなさい、実行委員会だけじゃないわ、この学校の品格が疑われるの」

「だからさぁ、さっきも言ったみたいに……」

「それに」

 ジュンの抗弁に、先に言葉を被せる。

「危険すぎるわ」

「えっ」

 ジュンが虚をつかれたように目を丸くした。

「本当にドーベルマンと真っ向勝負するつもりなの? ドーベルマンってアレよね? あの犬のドーベルマンの事よね?」

「そうだけど……」

「いい? 人間が一対一で戦って勝てる動物なんて、せいぜいチワワぐらいって言われているわ」

「そうなの?」

「柴犬って、百メートルを九秒台で走るそうよ」

「えっ、マジで!」

「あなたの言ってるドーベルマンだって、本気を出せば、人間の指くらい簡単に喰いちぎっちゃうんだから」

「……」

 ジュンは目をパチクリさせる。しかし、こんな事くらい、少し考えれば分かりそうなものなのに。

「へぇー物知りなんだなぁーナナミンって」

「まぁこれくらいは……って、そのナナミンって誰の事?」

「決まってんじゃん」

 当然といわんばかりに私を指すジュン。

「変な渾名つけないでよ!」

「何だよ、人が一生懸命考えたのに」

「嘘つきなさい、たった今思いついたくせに」

「バレたか」

 空手少女はくつくつと笑う。

 この娘、いつもこんな調子なのかしら? 適当極まりないって言葉がぴったりだわ。

「なぁナナミン、今ふと思ったんだけど」

「何?」

「今どこに向かってんの? 段々人気の無い方に……っておい! もしかしてアタシの体目当てに……」

 ジュンは自分の胸元を抑えた。

「誰があんたなんか襲うか!」

 思わず声を荒げてしまう。

「この先の旧校舎に用があるのよ」

「旧校舎?」

 ジュンが首を捻る。

「そこにテントを置いているの。今度ウチのクラスの模擬店で使うの」

「ふーん」

 ジュンは相槌を打つ。それからキョロキョロとあたりを見渡しながら言う。

「あたし旧校舎に来るなんて、初めてだよ。こう言っちゃなんだけど、人気がなくてちと気味悪いな」

 ジュンの言ってることは決して大げさなことではない。

 周辺にはブナやナラの木が生い茂り、昼間だというのに薄暗い。気のせいかも知れないけど、校舎の中より肌寒い気がする。

「おい、ナナミン。早く用事済ませて帰ろーぜ」

 その妙ちくりんな渾名はともかく、早くおいとましようという提案には賛成だ。っていうかたった一人で、こんな薄気味悪い所で待っているアカリの心情を想った。ちょっと可哀想なことしたな。

 鬱蒼とした林の中を暫く進んでいくと、旧校舎が見えてきた。木造の、老朽化したボロボロの建物だ。表面に植物のツタが蛇の様に這いずり回っている。

 何度も取り壊しの案が出たが、予算の関係で、何度も見送られて来たそうだ。

 旧校舎の玄関が見えてきた。昭和の初めに建てられた、というのも納得の歴史を感じさせる趣だ。トタン製の雨除けの前で、よく見知った顔を発見する。

「アカリー! ゴメンゴメン待ったー?」

 私は相棒に手を振った。

「あれがナナミンの友達か?」

「そうよ」

 答えると、相棒に駆け寄る。

『もう! ナナミ遅いよぉ』

 そんな返しを予想していた。

 しかし、その期待は叶えられることは無かった。

 アカリはまるで凍りついたかのように微動だにしない。

「アカリ? どうしたの?」

 アカリの前に回り込んで、その顔を凝視する。別段変わった様子はない。

 しかし、その瞳はまるでガラス玉のように虚ろだ。

「ねぇ、アカリってば」

「何だよ、どうしたんだよ」

 背中からジュンの問いが聞えるが、私は答えない。

「こんな所にほったらかしにしたこと、怒ってんの? ゴメンッてば」

 アカリの肩に手をかける。一切の抵抗なく私の右手はアカリの肩を押し出した。

 模擬店部の部長の体は、まるで糸のきれた操り人形のようにその場に崩れ落ちた――。

「危ねぇ!」

 とっさにジュンが、アカリの体を支えてくれる。そのおかげで、アカリの頭が地面に激突せずにすんだ。

「やべぇな、多分意識とんでるぜ」

 アカリの体を地面に横たえながら、ジュンが言う。

 え? 何で? どうして? 何があったの?

 私はワケが分からず、ただ震えているだけだった。

「アタシ、先生呼んでくる! ナナミンはこの娘についててやれ!」

 そういい残すと、ジュンはまるでチーターのようなダッシュで、森の向こうに消えて行った。

「アカリ! アカリ! 目を開けて!」

 私にできるのは、親友の名前をただ連呼することのみだった。