ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月6日(木)⑨ ささやかな晩餐

 ジュンが最初に向かったのは、体育倉庫に併設されている部室棟、その片隅にある空手部の部室だった。

 そこの男子更衣室の中に入っていったかと思うと、一分も経たないウチに、何かを手に出てきたのだった。ステンレス製の鍋だった。

 

「くっくっくっ、ウチの男子部員ども、部室の中で勝手にラーメンとかコーヒーとか勝手に作って食べてやがるんだよね。そのことを知らぬジュン様じゃあねーぜ。おい、ナナミンとチカゲも手伝え」

「ハイ! じゃあ失礼して……うっ、この部屋、メチャクチャ汗臭いです。もう臭いを通り越して酸っぱくなっています」

 チカゲちゃんは鼻をつまんで、顔をしかめる。実際にその通りだった。空手部の部室は、ある意味ガス兵器といえるような、異様なにおいを放っていた。こんな匂いを醸し出していたら、山鰐ですら逃げてしまいそうだ。

 それからも何回かに分けて、三人でお玉、簡易コンロ、ガスのカートリッジ等々、色々なものを男子更衣室から持ち出したのだった。

 どうやって持ち込んだのか、よくまぁ今まで教師にバレなかったものだと感心したが、どこにあったのか、まぁそれはともかくとして、カレー作りの準備が着々と進んでいくのだった。

 ジュンは自分のスポーツバッグを開けると、中から色々材料を出し始めた。カレールウ、ジャガイモ、ニンジン、お米、メンチカツ。よくまぁこれだけ入ったものね。やたらカバンが膨らんでいたのはこれが原因か……。

 下ごしらえの主な担当は私だ。ジュンとチカゲちゃんも手伝ってくれた。ジュンが意外とうまかった。チカゲちゃんはジュンに「人参を切ってくれ」と言われ、一瞬驚いたような顔を見せた。それから覚束ない手つきでニンジンを切りはじめたが……案の定指を切ってしまい、私と後退する羽目になってしまった。そのときのチカゲちゃんの頬を膨らませた顔が、ちょっと可愛かった。まぁ誰にでも苦手分野はあるということにしておこう。

 小一時間ほどでカレーは完成した。ジュンがこれまた部室から失敬してきた小皿にご飯をよそい、その上にカレーをかける。

 私たち三人は、中庭のカフェテラスに移動して、そこで食べることにした。このカフェテラスでは、よくアカリと一緒にお昼ご飯を食べていた。うちの学校の人気スポットなので、昼休みになったら早いうちに行かないと、あっという間に席が埋まってしまうのだ。このカフェテラスは、一年生は使ってはならないという暗黙のルールがあって、入学してからすぐは、テラスに腰掛け、お洒落な会話を楽しんでいる先輩たちを、指をくわえて見ていたことを思い出す。そんな折、宮本先輩に声をかけられ、一年生の身分ながら、テラスを利用したときのことを思い出した。あの時は、誇らしさと気まずさが半々になっって、先輩とのおしゃべりに集中できなかったっけ。

 当然ながら、中庭にいるのは私たちだけだ。夜の闇の中、勝手知ったる場所でランタン(ジュンが持ってきた)の灯りをたよりに食べるカレーはどんな味がするのだろうか。

「うん、旨ーい」

 ジュンが感嘆の声をあげた。

「材料は普通のなのにさ、こういう一風変わったトコで食べるカレーってなんでこんなに美味しいんだろうな」

 確かにジュンの言うとおりだ。小学校のときの臨海学校とか、非日常的な状況で食べる料理というのは、普段とは違う味わいがあるものだった。日常とは違う場所、違う面子で食べる食事というのは、何よりも効果的なスパイスなのかもしれない。

「こういうシチュエーションだと、いくらでもおかわりできちまうな。なぁナナミン?」

 そう言いながら、ジュンはもう三杯目をおかわりしている。そして皿を見てみると、四杯目のおかわりももうすぐかもしれなかった。

「ナナミン、折角の機会なんだからさ、もっと食べていいんだぜ? おかわりはまだ沢山あるんだからよ」

「私はもう二杯目よ」

「『もう』じゃなくて『まだ』じゃねぇか。普段はもっと食べてんじゃないのか? ここには男なんていないんだからさ、気兼ねなくおかわりしていいんだぜ」

「私はジュンほど食べられないわよ。これでも私は小食なのよ」

 ジュンはもう三杯目を平らげ、四杯目に入っている。さすがは体育会系だ。日ごろから消費しているカロリーの量が違うのだろう。

「ほんとかよー? 実は家じゃガツガツ食べてんじゃないのー? よし、今度カケルに聞いとこっと チカゲも遠慮なく食べてもいいんだぞ?」

「はい、ありがとうございますジュンさん。美味しくいただいています」

 ジュンは絶対、鍋奉行になるタイプだな。いったん菜ばし握ったら、意地でも離さないタイプだ。

 それはそうと、チカゲちゃんも三杯目のおかわりに入っている。彼女も彼女で、普段から妖怪や幽霊などという厄介そうなものを相手にしている分、エネルギーを必要としているのだろうか。

「ナナミン、沢山食べないとオッパイが大きくならねぇぞ? 今より、もっともっと大きく育てるんだろ?」

「な……」

 この無頼漢め。一体何を言いだすのか。カレーと私のバストの何が関係あるというのだろう。いや確かに、私は普段からアカリに胸のことでちょっかいだされたりはするけれど。

「あーあ、ナナミンの将来の彼氏が羨ましーなー。そんなメロンみたいに豊満な胸を好き放題できるんだからよー」

「ちょっと! ジュン!」

「きひひ、冗談だって冗談。そんなに怒るんじゃねーよ」

 ジュンは手をひらひらと振った。

 まったく、くだらないジョークだわ。

「それでさ」

 ジュンがスプーンをくわえながら訊いてきた。行儀悪いなぁ。

「これからのどうやって、山鰐を退治するんだ?」

 ジュンが、私とチカゲちゃんのどちらともなく訊いた。そして、そのジュンの質問をチカゲちゃんが引き取った。

「そうですね。取りあえず今日のところは、もう休んだ方が良いと思います。本当なら夜を徹してでも山鰐を探して退治したいところだけど、今夜はもう遅いですので」

 ふと腕時計に目を落とすと、もう十時を回っていた。

 本来なら、徹夜してでも山鰐を追いかけたいところだが、それはやはり危険な行為なのだろう。素人が言うのならまだしも、チカゲちゃんはプロの退魔師だ。こういうときは、専門家の意見を素直に聞いたほうが良い。

「あまり暗い所で動いても危険だし、みんな疲れてるわ。無理して動くよりも、しっかりと休養をとるほうが効率的、かつ生産性も高いわ」

 私はチカゲちゃんに続いて言った。そうよね、疲労が溜まってるときに無理をしても、大概は良くない結果しか出てこない。テスト前、無理に徹夜して勉強するよりも、早起きして勉強する方が効率的なのと同じだ。

「ふーん、なるほどね」

 ジュンが爪楊枝で食べ残しを取りながら返事する。

 それから私たち三人は、他愛もないおしゃべりをしながら、時間を過ごした。端から見ると、私たちは普通の女子高生にしか見えないだろう。しかし、その実は妖怪退治の使命を帯びた少女たちなのだ。

 しばらく経って「もう時間も遅いですので、そろそろ寝ませんか? 明日は朝早くから山鰐を探さなければなりませんので」とチカゲちゃんが言った。

 これで女子会もお開きになりそうだ。

 私たちは武道場で寝ることにした。布団は学校から借りた。ウチの学校の武道場は半分が柔道場、もう半分が剣道場になっている。

 なお、武道場から廊下に出て左側が弓道場だ。私は弓道場には複雑な想いがあるのだが。

 私たちは柔道場で寝ることにした。板の間よりも畳の方が冷えないだろうという判断からだ。

「空手部の合宿を思い出すなー。あの時もこうやってザコ寝したっけ」

 布団を敷きながら、ジュンが小学生のように弾んだ声を出した。

 私はふと、中学のときの修学旅行を思い出していた。たしか東京に行ったんだっけ。浅草のホテルに泊まったとき、消灯時間が過ぎてもずっと起きていたっけ。それで徹夜して友達とおしゃべりしてたんだった。話の内容は他愛のないものだった。気になっている男子のことや、何組の誰々と誰々が付き合っているらしいとかそんなこと。

 でも今回の『合宿』はそんな気楽な雰囲気はない。これは文化祭を開けるかどうかの瀬戸際の戦いなのだ。しかも、この戦いに敗れることは許されない。もし負けたら、我が校の信頼は地に墜ちる。そんなことはあってはならないのだ。

 明日からの戦いに思いを馳せているうちに、私は眠りに落ちたのだった。