ゆーべの創作ブログ

マンガ、アニメ、ラノベ、その他創作についての徒然日記でやんす

9月6日(木)③ 急襲

 最初は本当に飛行機でも落ちてきたのかと思ったくらいだった。それほど大きな地鳴りだった。しかし、それは違った。

 

 続いて男女入り混じった悲鳴。一体何事なのか? 

 窓際に座っていた人たちが、窓に飛びついて外の様子を伺う。他の人たちも押すな押すなと窓辺に殺到する。、

 私も一足遅れて窓際に向かう。しかし、体の大きな男子の背中に遮られて外の様子がよく見えない。仕方がないので、近くにあった机の上に乗って、外の状況を確認しようとする。そこで私の視界に入ってきたのは、予想外の光景だった。

 眼下三メートルほど下にあった模擬店のテントが潰れている。鉄製の足が折れて、屋根の部分が落ちてきたようだった。天幕の文字がいびつに歪んでいる。

「おい! どうした!」

「先生呼んできて!」

 そのテントを使っていた生徒だろうか。悲鳴を上げる男子。何が起きたか分からないのだろうか、その場に立ち尽くす生徒、様々だった。

 何があったのだろうか? 

 突風でも吹いたのだろうか。時々、小規模の竜巻が発生したというニュースを見かけることがあるが、その類だろうか。

 しかし、次に起きたことは、私の予想の甘さを痛感させる出来事だった。

 崩れた天幕の下で、何かが動いた。相当大きい。少なくとも牛ぐらいの大きさはある。

 途端、テントを取り囲んだ野次馬から悲鳴に近いざわめきが起こった。

 ギィ、ギィとガラスを引っ掻いたときのような耳障りな音があたりに響いた。鉄骨同士がきしみ合ってる音だろう。

 次の瞬間、天幕を破って、中にいた『ヤツ』が姿を現わした。そいつは血のように真っ赤に染まった口腔を開け、身震いせんばかりの咆哮をあげた。その姿を見た瞬間、私は危うく腰を抜かしそうになった。

 特徴的な尖頭形の鼻。ねずみ色をした流線形の体躯、悪魔の体の一部にも見える特徴的な尾ビレ。間違いない、昨日、私とジュンを襲った妖怪、山鰐である。

『ヤツ』は昨日よりも成長していた。昨日襲われたときは、大きさはせいぜい中型犬くらいの大きさだった。それが今日は動物園で見たヒグマほどになっている。一日でおよそ三~四倍くらいに成長している。なんでどうして? 現実のサメって、一日でこんなに大きくなるものなの? 

「おそらくはジュンさんの力を吸い取ったために大きくなったのでしょう」

 私の背後で、凛とした声が言った。

 その声の主、退魔師のチカゲちゃんは続けて言う。

「風月丸を向かわせました。おそらくはこれで大丈夫でしょう」

「でもあんなに大きくなってんだぜ? 大丈夫かよ?」

 いつの間にやら、ジュンまでが来ている。

 グラウンドの大サメは、私たちをあざ笑うかのように凶行に出た。

 まず一番近くで固まっていた男子生徒に噛み付いた。咥えられた男子は暫くは抵抗をしていたものの、すぐに動かなくなった。死んだわけではないことは分かっているが、どうにも気分が悪い。

 次に山鰐は隣のテントに重戦車よろしく突っ込んだ。まさに鎧袖一触、クレープ屋を予定していたらしいそのテントはまるで爆風になぎ倒されたかのように倒壊した。

「バケモノだ!」

「逃げろ!」

 先ほどにもまして悲痛さを増した悲鳴。そこに怒声やら罵声が飛び交って、窓の下はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。その地獄の作り出しているのが体長二メートルの猛魚。

 グラウンドにいた生徒たちは、まるで蜂の子を散らすかのように逃げ出していた。逃げようとする生徒に襲いかかろうとする山鰐。しかし、突如、その大サメの鼻先に立ちはだかる人影があった。

「あ……」

 風月丸。チカゲちゃんの式神。昨日、私とジュンのピンチを救ってくれた。その彼(彼女かもしれないけど)が、再び山鰐に挑もうというのだ。

 グラウンドの真ん中で対峙する風月丸と山鰐。じりじりと時間だけが過ぎてゆく。

 生徒会室は異様な空気に包まれていた。少し離れたところから情勢を見守る宮本先輩の顔色は、氷のように真っ青だ。目の前で広がる光景が信じられないのだろう。

 私の横の男子が呟く。

「おい……俺、夢でも見てんのかなぁ?」

「俺も今起きてることが信じらんねぇよ」

 大丈夫、君たちは夢を見てないし、これはれっきとした現実よ。私も昨日、君たちと同じことを思ってたから安心して。

 風月丸と山鰐が睨み合いを始めてから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。五分? 十分? いや、ほんの三十秒も経っていないのかもしれない。

 不意に山鰐が、その大きな口を開けた。小型バイクくらいなら、ひと呑みできそうなくらい大きな口だ。そしてその口の奥から、赤黒い蛇のようなものが三匹、飛び出てきたのだ。それが風月丸の体に巻き付いたのだ。

 昨日、ジュンを散々苦しめた例の触手だ。ジュンを助けたときのあの気味の悪い手触りを思い出して身震いする。

 山鰐はどうやら、風月丸の精気を吸い取るつもりのようだ。というか、式神にも精気はあるのだろうか? ふとそんな疑問が私の頭の中をよぎった。しかし、私のその予想は見事に外れることになった。

 山鰐が、大きなうなり声とともに、その巨躯を大きくよじったのだ。丁度プロレスのジャイアントスイングのように、慣性力の赴くまま、風月丸は中空に放り出された。風月丸は槍投げの槍のように弧を描いて――校舎の壁に激突、土煙をあげてコンクリートの壁にめり込んだ。

 風月丸の突っ込んだ壁の割れ目を注視していたが、何かが動くような気配はない。石の破片がパラパラと力なく地面に落ちていくだけだった。

 ………………。

 …………。

 ……。

 え? まさか風月丸が負けちゃったの? こんなにあっさりと? で、でも昨日は結構優勢に戦ってたじゃない。私の狼狽を悟ったかのように、チカゲちゃんが言う。

「まずいですね。まさかこれほどまでに強くなっているとは……」

 その声には明らかに焦りの色が滲んでいた。

「おい、これは本格的にやべーんでねーの?」

 ジュンが顔を引きつらせながら、無理矢理に笑顔を作った。

 そのとき、窓の外から、身の毛もよだつような咆哮が聞こえた。山鰐が吠えているのだ。それはまさしく勝利の雄叫びだった。そのとき、私には山鰐が笑ったように見えた。

 そして蹂躙が始まった。